「こんにちは」
「おばーたん、けーただよ」
玄関から、杏奈と圭太の声がしてお袋が出迎えている気配がした。
親父とテレビを見ていたところに、大きな荷物を抱えた杏奈と圭太がやってきた。
「あっ!おとーたん!」
「おっ!圭太、元気だったか?」
「わーい」
「うわっ、おっと!」
本気で飛び込んできた圭太に、不意をつかれてのけぞってしまった。
「圭太、しばらく見ない間に強くなったな」
「うん、だってもうしゃんしゃいだよ」
「え?」
言ってることがわからなくて杏奈を見た。
「今日で3歳よ、圭太の誕生日。あ、お義父さん、ご無沙汰してます」
_____そうか、圭太の誕生日だったのか
杏奈は親父にも声を掛けるが、振り返っただけで親父は何も答えない。
「ダメだよ、聞こえていないんだから」
お茶を用意して、お袋がやってきた。
「さ、話を始めましょうか?」
「あの、その前に少しだけ圭太の誕生日のお祝いをしたいんですが。お義父さんお義母さんも一緒に」
「え?」
壁のカレンダーを見て、お袋も思い出したようだ。
「圭太ちゃんの誕生日ってことは明後日は雅史の誕生日なのよね。杏奈さんは奥さんなんだから、まさか忘れてはいないわよねぇ?」
「俺のことなんか……」
どうでもいいからと言おうとしたら、先に杏奈が答えた。
「もちろんです。雅史さんにはプレゼントを用意してきました、それから大好きなエビフライも」
ケーキの箱と、紙袋からはタッパーとプレゼントを出した。
「お話の前に、二人の誕生日をお祝いしませんか?お話は長くなりそうなので」
「ばーたん、ケーキたべようよ、けーたと」
圭太がお袋の右手を持ってぶんぶんと振り回している。
「ま、まあ、そうね、それからでもいいわね」
「ええ、圭太もそのうちお昼寝をすると思うので」
こんな状況でも誕生日を?と怪訝に感じたけれど、圭太には見せたくないのかもしれない、言い争うところを。
_____ま、なんだかんだ言って、もとのさやに収まる予定だけれどな
俺は頭の中で今日のことを何度かシミュレーションしていた。
あれこれ言いたいことはあっても、杏奈は一人では生きていけないはずだから、俺に戻ってくれと言うはずだから。
ケーキに三本のろうそくを立て、圭太がたどたどしく吹き消した。
「3歳おめでとう!」
「おめでとう、圭太ちゃん」
「しゃんしゃい、すごい」
ニコニコの圭太。
息子はやっぱり可愛い。
「これ、お父さんとお母さんからのプレゼントだよ」
杏奈がリボンを掛けた箱を、圭太の前に置いた。
「おとーたん、おかーたん?」
杏奈が俺を見て、目で合図をする。
_____俺も一緒に買ったことにしとけってことか
「そうだよ、きっと圭太がよろこぶと思ってお母さんと選んだんだよ」
杏奈に話を合わせる。
「わーい」
小さな手で、金色のリボンをほどくとバリバリと包装紙を破った。
中から出てきたのは、何かのヒーローの必殺アイテムらしく、電池で光るそれは刀のような形で切る効果音もついていた。
「やったぁ!これで悪いやつやっつける!」
うれしそうに両手で持って俺に向かってきた。
「えいっ!」
「あいたっ!やられたぁ」
親父もお袋も杏奈もいて、圭太の誕生日を祝っているこの現実が穏やかな幸せというものなのだろう。
「ほら、危ないからしまっておいて、ちょっとこっちにきて。コレをお父さんにプレゼントして」
杏奈は小さな箱を圭太に持たせた。
「お父さんは明日の次の日がお誕生日なの。だからコレをプレゼントしてあげて。お誕生日おめでとうって」
「おめれと」
「おっ、ありがとうな。なんだろうなコレ」
箱から出てきたのは、シルバーのネクタイピンだった。
「そんなに高いモノじゃないけど、おしゃれでしょ?」
「あ、あぁ、ありがとう」
思いもかけず俺にまでプレゼントを用意してくれるとは、杏奈はやはり嫁としてできた女だと思う。
_____京香や紗枝では、こうはいかないだろう
やはり、杏奈と結婚したのは間違っていなかったと再確認した。
それからは、今のこの状況についての話をすることもなく、なんでもない日常のように過ぎて、いつのまにか圭太が昼寝をしていた。
「奥の座敷に寝かせてくるといいわ、小さなマットを敷いてあるから」
「ありがとうございます」
お袋も杏奈も、いつもと何も変わらないように見えて、ホッとして冷蔵庫からビールを出した。
プシュッとプルトップを開けた時、杏奈が俺の手からビールを取り上げた。
「まだ飲まないで、これからのことをきちんと話してからにしてください」
改まった杏奈の言い方に、ドキッとする。
「あ、まぁ、そうだな」
「お義父さん、お義母さん、どうして雅史さんが私と圭太を置いて帰ってきたか、理由を知ってますか?」
「理由って、それは杏奈さんがその……浮気?したからでしょ?それで雅史はショックを受けて、ひとまずうちに帰ってきた。そのことについて、わかるように説明してくれない?杏奈さん」
そう言われた杏奈は、俺をキッと睨みつけた。
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