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私の存在は、完全に消えた。
名前も、顔も、記憶も。
クラスにも、実家にも、SNSにも──もう、私を知る人はいない。
けれどスマホの中では、
“柊木ひより”が今日も笑っていた。
あの日の私に似た顔で。
でも、もっと華やかに、鮮やかに、
完璧に“バズる女の子”として。
私はもう、どこにもいない。
家には戻れなかった。
家族には“そんな娘いない”と通報され、
学校には“部外者が侵入した”と騒がれた。
「誰?」
「なに? ストーカー?」
「やば……盗撮してたとか?」
存在を取り戻そうとするたび、私は“怪しい誰か”になっていった。
SNSに問い合わせても、何も残っていない。
思い出も、日記も、アカウントも。
全部、“あの子”の記録に書き換えられていた。
名前すら思い出せなくなっていく。
ノートに震える手で書いた“柊木ひより”の文字は、
すぐに違和感に変わる。
「これ……私だったっけ?」
眠るたびに、“わたし”が薄れていく。
夢に出てくるのは、もう一人のひよりだった。
そんなある夜。
眠れずに歩いていた繁華街の片隅。
ビルの隙間に風が抜けたとき、私は──“彼女”を見た。
明るい髪、きらめく瞳、SNSで見た通りの完璧な笑顔。
彼女は私を見て、にっこりと微笑んだ。
「会えてよかった。ずっと、見てたんだよ」
「……なんで、私の名前を使ったの?」
問いかけると、“ひより”は首をかしげるように、答えた。
「君が、“なりたかった”私だからだよ」
「え?」
「違う? あの投稿も、あの笑顔も、“私”は全部、君の理想だった。
だから私は生まれた。
君が『誰かに認められたい』って願った、その日から──私は育っていったんだよ」
「……私が、作った?」
「ううん。“みんなが欲しがったひより”が、私だったの。
君が努力して作ったのに、ね。
でも、バズったのは私のほうだったね」
彼女は優しく笑った。
「だから、もう“本物”はいらないんだよ。
だって、誰も気づかないし──誰も望んでないんだもん」
風が吹いた。
私は口を開こうとしたけど、声が出なかった。
もう、自分の名前さえ信じられない。
私は、何を守ってたんだっけ。
彼女は言った。
「でも、安心して。
君が消えても、“ひより”はちゃんと残る。
今日も、フォロワーは増えてるし──」
そう言ってスマホを見せてきた画面には、
数百万回再生された“私の笑顔”があった。
でも、それは私じゃない。
私は、そこにいない。
彼女が帰っていったあと、ひとり、ビルの隅でうずくまった。
夜空のネオンがまぶしくて、世界の音が遠ざかる。
私はスマホを取り出して、カメラを開いた。
ぼんやりと映る自分の顔。
「……ねえ、私って、誰だった?」
声に出した瞬間、涙がこぼれた。
けれど──そのとき、ふと、笑ってしまった。
「……わたしはもうすぐバズります」
でもそれは、私の声じゃなかった。
画面の中の“ひより”が、まるで口パクで、そう言った気がした。
私はスマホを伏せた。
誰にも届かない“私”のままで、静かに目を閉じた。
⸻
わたしはもうすぐバズります【完】
――、“バズった”のは、私じゃなかった。