映画の顔合わせの場に足を踏み入れた瞬間、心臓がひとつ、大きく跳ねた。
会議室には、主演俳優や監督、プロデューサーがすでに集まっていて、軽い挨拶が交わされるなか、ふと視線がぶつかった。
——涼太。
久しぶりに見るその顔は、記憶の中の彼よりも少し大人びていて、それなのに変わらない落ち着いた雰囲気をまとっていた。
「……お久しぶりです」
できるだけ平静を装いながら挨拶をすると、涼太はふっと微笑んだ。
「久しぶり」
あの頃と変わらない、穏やかで優しい声。
胸の奥がズキリと痛んだ。
ほんの数年前まで、私たちは恋人同士だった。
お互いにまだ知名度も低く、忙しさに追われながらも支え合っていた。
けれど、涼太がデビューしてグループとしての活動で一気に注目されるようになり、次第にすれ違いが増えていった。
連絡が減り、会えない日々が続き、結局、「このままじゃダメになるね」 と別れを選んだ。
別れたあとも、テレビで涼太の姿を見るたびに胸が痛んだ。
隣にいた頃は、どんな表情も間近で見られたのに、今は画面越しにしか見られない。
それがどれだけ寂しいことなのか、別れてから気づいた。
でも——。
涼太は、もう過去の人。
そう言い聞かせてきた。
「主演の二人は、今回が初共演でしたっけ?」
監督の言葉に、涼太は軽く首を振った。
「いえ、以前、ドラマの撮影でご一緒しました」
「あぁ、そうなんですね。でも、がっつり共演するのは今回が初めてでしたよね?」
「そうですね」
淡々と返す涼太の表情には、特別な感情は見えない。
きっと涼太にとっては、もう過去のことなのだろう。
私は女優として、涼太はアイドルとして、それぞれの道を進んできた。
「では、早速本読みを始めましょうか」
プロデューサーの合図で、台本が配られる。
今回の映画は、すれ違いながらも惹かれ合う男女のラブストーリー。
——どうして、こんな役で涼太と共演することになったのだろう。
偶然なのか、運命なのか。
配られた台本の中のセリフが、やけに心に突き刺さった。
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