男達の打ち合わせは、思いの外、白熱している。
柱時計がボーンと、幾度も鳴って時の経過を知らせたが、皆、耳を貸さず熱中していた。
特に、中村が言い出した、玲子の事について、そう、演奏会反対の署名をした学生達をどうするか、この話題は二代目までも頭を悩ませている。
「結局、来るのか、来ないのかってところだろ?困っているのは」
「そーゆーこと。二代目。なんだろーなぁー、場所が気に入らないと、キィーキィー言って。ひーすてりぃ、とかいうやつなのか?」
「おおっ!中村のにいさん!女心がわかってるねぇ!」
おちゃらけているのか、まじめに語っているのか、と、岩崎は二人の会話に不機嫌そうにしつつ、一人考え込んでいる。
「……来ない、と想定して出演の順番を考えている。問題は来た場合だ」
「岩崎!そんなもん、楽譜の確認したり楽器の確認したり裏方作業させときゃいいだろう?」
中村が声をあげた。
しかしと、岩崎は言い渋っている。
仮にも、監督者、指導者なのだからその様な邪険な扱いはできない。そして、これは、学生達の発表の場。やって来たなら、参加させるべきなのだと岩崎は譲らない。
そうなると、当然、出番が狂って来る。
「まあ、それらを見越して、前半は各学科ごとの個人発表に。後半は、各学科の代表格を取り混ぜての個人発表にしている。もし、不参加表明している者達がやって来たら、その枠へ入れれば良いと思っているのだが……」
「へぇー、京さん、上手いこと考えたじゃないか!で、なんでそんな浮かない顔してんのよ?」
二代目が不思議そうに問うが、中村が代わりに答える。
「……岩崎……一ノ関女史のことだな?確か、彼女がトリを勤めるはずだが……」
岩崎は、中村へ重い返事をした。
演奏会の最後の出演者は玲子にしている。参加しないと言っているが、それでも、発表の場。責任感の強い所がある玲子のことだから、ひょっこり現れる可能性は高い。
しかし、岩崎と個人的な感情のもつれの後だ。
そこが、岩崎の迷い所だった。
「なあ、岩崎、ひとまず、空きにしておけ。一ノ関女史が現れなかったら、誰か外の者、例えば、同じピアノの戸田をいれるとか……、実は、おれ達はその心づもりでいる。まあ、明日になって、ってことで……」
中村は神妙に言う。
玲子が岩崎へ告白したということ、そして、岩崎は、月子と結婚すること……この発表会が、玲子には学生生活最後になるかもしれないこと……屋外とはいえ、あれだけ派手にやらかしたのだ。学生達は口伝てに玲子の事情を知ってしまった。
玲子が、不参加表明したのは、その件もいくらか関係しているかもしれない。
そんなことを、中村が岩崎へ語り、それなり手は打っているのだからどうにかなると、気持ちを切り替えさせようとしているところへ、
「ごめんよっーー!」
と、お勝手から威勢の良い声と共に、
「月子ちゃんは、何もしなくていいって!」
急に台所が騒がしくなった。
「あっ!ついでだったから、劇場帰りに、亀屋に出前頼んでおいた。どうせ、バタバタだろ?って、ことで。おーい!持って来てくれよぉ!」
二代目が、昼を頼んでいたのだと言って、居間の入口から首をつきだし、やって来ているであろう、亀屋を呼んだ。
「わっ、さすが、二代目。ぬけめねーわ……」
「あれ、中村のにいさん!人聞きが悪い!ゴタゴタしてるときこそ、しっかり食わねぇと、進むもんも進まないんだよっ!」
気を効かせたんだから、感謝しろと二代目はふてくされている。
「まあ、よくわからんが、昼時を過ぎてしまっているようだなぁ。私達はよしとして、月子は、しっかり食べないと……」
あんな、華奢な体ではいかん。今までちゃんと食べてなかったからだろう。転んでばかりいる。
などなど、岩崎は屁理屈ともノロケとも言えないことを、ブツブツ言っている。
「だってよぉー!月子ちゃん!早くこっちに来なっ!」
「そうそう!月子ちゃん!一緒に食おうぜ!」
また、いつも通りの盛り蕎麦を、二代目は亀屋から受け取りながら、月子を呼んだ。
月子は、話し合いながら食べられる物をと思い、おにぎりを作っていたのだが、まさかの亀屋の盛り蕎麦出前に、オロオロしつつ、呼ばれるまま、一応、握ったおにぎりを皿に乗せ、居間へ向かった。
遠慮して台所に留まってしまうと、また、大騒ぎになる。などと、月子もそれなり、ここの事を理解出来るようになっていたが、やはり、心中は落ち着かない。
漏れ聞こえて来ていた話しは、明日の演奏会の成功とは程遠いものだったからだ。
そんな月子なりの心配をよそに、居間では、岩崎と中村が、また盛り蕎麦かと文句を言いそれに反応した亀屋が、食ってかかっている。
当然、うっせぇなぁ、子供かよと、二代目が他人事のように言っていた。
お前が勝手に出前取ったんだろうがと、岩崎、中村に責められても、二代目はへらへらしているのみ。
いつも通りの騒がしさに、月子も思わず、クスリと笑うが、何故かそこでお咲が、
「大人なのに、みんな、こどもなんだからぁー」
と、文句を言いだした。
ますます、笑いが込み上げ、たまらない月子は、自分が心配しても仕方ない、皆、最善を尽くしているのだからと胸に溜まっていた不安を打ち消した。
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