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みんな私のことを忘れて、私だけがみんなことを知っていて。世界にポツンと取り残された気分だった。でも、今は違う。でも、また記憶を封印されることがあったら。私のことをみんな忘れてしまったら。私はその時、一人で立ち向かっていけるのだろうか。
「ん、んん……」
何度か来たことのあるレイ公爵邸。フィーバス辺境伯邸での生活は慣れ、少し寒いながらも、ベッドの硬さや、枕の高さ、寝具には慣れて、熟睡できるようになった。しかし、慣れていないところで寝るのは、少し抵抗があるのか、寝苦しい思いで、私は寝返りを打った。というか、上に何かが乗っているんじゃないかって思うくらい、重い。
「んん……」
「スーテラっ。起きないと、襲っちゃおうかなあ」
「んんんん、まだ寝ていたい……って、うわああああ!?」
さらりとくすんだ赤色が、カーテンのように顔をくすぐる。目を開けば、めっちゃイケメンが……じゃなくて、見慣れた顔がそこにあり、一歩でも動けばキスしてしまうのではないかと思うくらいの距離にいた。思わず、私はびっくりして、手足全部使って、彼を押しのけ、ベッドの上で縮こまる。勢いよくおしたけれど、彼は後ろにのけぞっただけで、ベッドから落ちることはなかった。というか、落としていたら、ヤバかった。
「はあ、はあ……って、なんで、何で、ラヴィがここにいるのよ」
「起こしに来た?」
「何で疑問形。ていうか、襲うとか言ってなかった?やめて?てかてか、カギ閉めて寝てたはずなんですけど!?」
「ピッキング」
「ピッキング!?」
そんなの、スパイ漫画とかでしか聞いたことないわ。本当にやる奴があるのかと、声を上げようかと思ったが、叫んだら、レイ公爵邸の人に迷惑をかけるのではないかと思ってとどまった。でも、起きたらいきなり、イケメンが目の前にいたら、不審者と同じように叫んでしまうものではないか。寝ぼけて、キスでもしてしまったらどうしてくれるんだ、とは思った。一応、ラヴァインも隠し攻略キャラであり、目鼻立ちは整っている。アルベドを、少し幼くした感じ……といえばいいのだろうか。いや、あれとは違う、また小悪魔的なイケメンというか、イケメンには変わりなくて……
(いや、誰でも起きて目の前に人がいたら悲鳴上げるにきまってるでしょ!?)
それが、好きな人でも嫌いな人でも、イケメンでもフツメンでも! いったい何を考えているのだろうか。いくら、味方だとは言え、本当に、鍵をしまたはずの寝室に、起きて目の前に男の人がいたら、危険を感じるのではないかと。いい意味のドキドキじゃなくて、悪い意味のドキドキで、先ほどから心臓がうるさい。
「に、二度と、こんなことしないで」
「何で?」
「何でって、びっくりするからに決まってるでしょ!?あと、常識的に考えてあり得ない!」
「常識とか知らないしーてか、びっくりって。ドキドキってこと?俺のこと意識したってこと?」
「思いっきり、魔法で吹き飛ばしてもよかったかもしれない」
「冗談だってーでも、寝起きのステラも可愛いね。食べちゃいたいくらい」
「…………うわ、最悪」
イケメンに言われたら、二次元のイケメンに言われたらころっといきそうなセリフであったがここは現実なわけで。現実と二次元って違うんだなーというのがよくわからされた。
というか、兄弟似ているところはあるけれど、やっぱり他者、というか、個は個としてみないといけないなと感じた瞬間でもあった。ラヴァインは、本当に行動力の鬼というか、いたずらっ子というか。それも、相手が嫌がること、驚くことを熟知しているからたちが悪い。
「はあ……」
「兄さんには、その顔見せてないわけ?」
「その顔って何よ」
「婚約者同士何だし、一緒に寝てるのかなあーって」
「夫婦でもあるまいし。というか、知ってると思うけど、これは、政略結婚……アルベドと私、お互いの利害が一致して、今の関係に落ち着いているだけで、元の世界に戻ったら、解消される関係なのよ」
「ふーん」
「自分から聞いておいて、その態度はどうかと思うけど。アンタにあれこれ言っても仕方ないから、もういいわ」
「いいんだ。てか、それ聞いたら兄さん泣きそうだけど」
と、ラヴァインはくしし、と笑う。まるで、アルベドの不幸が大好物だというように。呆れた、と私はもう一度ため息をついて額に手を当てる。
アルベドだって、分かってこの関係を続けてくれているし、締結した。そこに恋心があろうが、恋心ではない愛や信頼関係があろうが、それは、この世界を元通りにするための関係に過ぎない。もちろん、利用しているという自覚は少なからずあるし、申し訳ないと思っている。でも、アルベドもそれを了承してくれているし、双方にメリットと、同意があるのだ。ラヴァインの言おうとしていることは分かるけれど、そればかりに気を取られて居たら、何もできなかっただろう。割り切ることも大事だ。
(……というか、怖くて聞けない。アルベドに……)
色々助けてもらっていて、これ以上何か言える立場ではないことを私は理解していたから。アルベドに怖くて話を聞けなかった。何を思っているか、腹を割って話そうにも、その前に、不本意とはいえ、彼が記憶を何故保持したままこの世界に戻ってこれたのか知ってしまったし、あれ以上、辛いことはないだろう。互いに。
「それ言いたいために来たなら、出てってよ。本当に、朝から、いらいらさせるし……」
「イライラしてるの?」
「見てわかんない!?」
「わかんない!」
と、すがすがしいほどの笑顔で返され、もうこれ以上何を言っても無駄だ、とあきらめた。
まあ、ラヴァインだし、いつものことだし、と少しだけ許容範囲を広げてベッドサイドに腰かけたラヴァインを見る。くすんだ紅蓮の髪に、澄み切った満月の瞳。私の知っている、災厄の影響を受けていないラヴァインがそこにいる。本当に記憶が戻ったことは喜ばしいことだし、彼が味方に戻ってきてくれたことも本当に。
「ラヴィは、もう大丈夫なの?」
「もうって、何が?」
「アンタも、記憶が戻ったばかりで……一日たっているからあれかもだけど、私にはどんな感じかよくわからないから。体調とか、まだ混乱しているなら、私にできること……してあげられたらって」
「寝たら結構頭スッキリしたよ?まあ、それでも、すべて飲み込むにはまだ時間がかかりそうだね。ステラだって、すべてを把握しているわけじゃないでしょ?」
「そう、だけど……」
「でも、凄いよ。ステラは。兄さんと合流するまで、一人でずっと抱えてきたんでしょ?誰も味方がいない状況で、一人で藻掻いて……きっと、たくさん苦しい思いをしたんだろうって。考えたら、すごく……ね」
「ラヴィ……」
同情を求めていたわけではない。でも、苦しみに寄り添ってくれる人が、一人でもいてくれればと思った。アルベドもそうだけど、合流するまでは一人だったんだ。世界にただ一人、すべて覚えていて、一人違う世界を生きている人。一人ぼっち。暗闇の中で……
それを口にして、言語化してくれたのは、ラヴァインが初めてだったかもしれない。アルベドは、同じ境遇で、その痛みと苦しみを分かち合っていたけれど、ラヴァインは違う。
「何、手を広げて」
「昨日やってくれたお返し。ハグするといいんでしょ?ほら、ステラも」
と、なぜか、手を広げて待っている隠し攻略キャラに、私は疑問を抱きつつ、少し許してしまった心に従って、彼の胸に飛び込む。アルベドほど、リースほどではないといえ、男の人の身体だって分かる体つきをしている。少し胸板が固い。暖かさはなかったけれど、痛くもなければ、いやな感じもしなかった。
「どう?」
「どうって……ハグ、してる」
「うん。ハグしてるね」
「…………何がしたいの?」
「ステラはすごーく頑張ったよってこと。それを、誰にも評価されないし、されたくないのかもだけど、俺だけは分かってあげようって。俺……兄さんと、俺だけは。だから辛かったらいって。今度は、俺がステラの力になってあげるから」
「……ラヴィ」
ふと、顔を上げれば、そこにはやわらかく微笑む彼の姿がある。ああ、そんなふうにも笑えるんだ、なんて呆けていれば、ラヴァインが私の顎を掴んで、スッと自分の唇を近づけてきた。まだ、寝起きで覚醒していない頭は、その行動がキスに繋がると、一瞬で理解できなかったようで、イケメンの顔が近づいてくるなー程度に見ていれば、バン! と扉が開いた!
驚いて、視線を扉の方に向ければ、息を切らして、鮮血のごとく赤い彼が、髪を逆立てて激昂していた。
私たちの姿を見て、さらに髪を逆立てる。
「――何やってんだ。ラヴァインっ!」