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「――つまり、ロイファー君と同じ部屋がいいと」
「はい。テオ……ロイファー伯爵子息とは、幼馴染でして。同郷の」
「はあ、それは知っているがな。ろ、ロイファー君は、どうお考えで?」
ちらりと、学園長が僕のほうを見る。その眼に「勇者様のいうことだから、無視できない!」といった焦りや、恐怖が渦巻いていて、なんだか申し訳なくなる。
アルメヒティヒカレッジの学園長は、若いころこの王国の国王に仕えていたことがある。大戦後、功績が認められ、開かれた学びの場をとこのアルメヒティヒカレッジを開いた。今年で設立三十周年といったところか。かなりのご高齢であるが、まだまだバリバリで、頭の回転も早ければ、聡明、魔法のことになると止まらないオタク気質なところもある学園長だ。
伸びた白い髭を触りながら、学園長は僕とアルフレートを交互に見ていた。
(なんでこうなったんだっけ…………)
教室でのランベルト騒動は、彼を保健室に連れて行ったことで丸く収まった。担任は、ランベルトが起きるまで待つことになり、きつく叱るといっていた。彼の腰巾着である僕も、止められなかったのかと怒られるかと思っていたが、アルフレートのこともあって特に何も言われなかった。いつもは「ロイファーがみていないから」と怒られるのだが、アルフレートが僕に執拗以上絡んでいる様子を見て、今度は勇者様の機嫌取りをさせようと思ったのだろう。そういう魂胆が見え見えで嫌になる。
もちろん、教師陣は勇者であるアルフレートのことをそれはもう丁重に扱っているし、尊敬だったり、信仰だったりしている人もいる。それほどまでに勇者という存在は大きくて、神聖なものである。
だからか、アルフレートの言葉にはみんなうんとうなずいて思考を放棄してしまうのだ。
――で、アルフレートがなぜこの学園に来たかというのが冒頭に戻るというか。
(僕に会うためだけに、勇者の権力乱用って。職権乱用しないでよ)
勇者の権力、それを職権乱用というのかはおいて置いて。
今頃世界を救う旅に出ているはずのアルフレートが、なぜか学園に編入してきた。それも、僕に会うために。聞けば、魔物の王の配下である七大魔物の二体を打倒したとか。あとは五体。勇者があまりにも強すぎて、作戦を練っているのか、姿を現さないらしい。なので、いったん休戦ということで……歴代の勇者でもこれほど早く、七大魔物を倒すことはできなかったとか。だからこそ、アルフレートは期待され、その期待された分対価を要求できる。その対価というか、報酬がこの学園に入学することだったと。
もちろん議論はあったらしい。早く魔物を退治して、魔物の王を倒してくれという声も。でも、アルフレートはその声を押し切り、世界を救うことを約束しここに来たとか。半分脅した、と彼がポロリとこぼしたとき、耳を疑ったけど、きっと円満解決だと思う。だって、アルフレートだし。
(変わってない、といえば変わってない、のかな?)
学園長に笑顔を向けるアルフレートのほうを見れば、僕の視線に気づいたのか、彼はこちらを見てへにゃりと笑った。世界一幸せそうな笑みを向けるものだから、僕も顔が熱くなる。
アルフレートと会ったのはあの夜会が最後。だから、六年前。今は十八歳で。
でも、僕より背がうんと高くて、百八十センチ代の真ん中くらいだろうか。体格だってたくましくて、胸板も腰もがっしりしていて。浮き出た手の血管も、すらりと伸びる指も、横顔も。成長期を迎えたのにあまり伸びなかった僕とは違って、本当に冒険者というか、勇者らしい身体になっていた。男の僕でも見惚れそう、てか、見惚れてる。
「ええっと、アル……勇者、さま、アルフレート君が、いいなら。大丈夫です。僕も、二人部屋を一人で使わせてもらっていたので、なんか申し訳なくて」
「テオならそう言ってくれると思ってた。あとね、テオ。俺のことはアルって昔みたいに呼んで?」
「でも、周りの目があるし」
「俺は構わないけど」
「僕がかまうの!」
こんなに人の話を聞かない男だっただろうか。
僕とアルフレートがそんな会話をしていると、ごほんと咳払いをして学園長が話を戻す。まだ、再会して間もないからいっぱい話したいことも、聞きたいこともある。でも、まずは部屋の問題だ。聞かなくても、最初から答えは決まっているけど。
「だ、大丈夫です。問題ありません」
「よかった。ロイファー君に、断られたらどうしようかと思っていたんだ。今年度はいつもより多く人数をとってしまってね。空き部屋がないんだよ。ほら、違う学年の子と一緒にはなりたくないだろうし」
と、一応気を使ってなのか、学園長は髭を触りながら眉を下げてそういった。
アルフレートは「ぜひ」と前のめりになって言って、僕の手を掴んだ。
「テオと一緒の部屋じゃなきゃ、俺、寂しくて死んでたかもしれないので」
「死……!?」
「ああ、やめてくれ。エルフォルク君、君に死なれたらうちの学園の体裁が。そうでなくとも、君は勇者なんだ。今回は特例中の特例。君はあまりにもできすぎて、学園で学ぶことなんてないんじゃないか」
「いえ。テオと学べるっていう利点があるので。ご心配なく」
彼の言葉に、ますます学園長は困ってしまっていた。アルフレートも困らせようとしているわけじゃないのだろうが、言っていることが意味不明すぎて、誰もついていけていない。
それから、学園長は「じゃあ、そういうことで」と疲れ切ったように話をまとめて、僕たちを学園長室から追い払った。
「アルフレー……アル、あんまり迷惑かけちゃだめだよ。君は、本来なら世界を救う旅に」
「嬉しいな、テオとまた会えて。同じ部屋だよ? 隣の家ーじゃなくて」
「アル、聞いてる?」
広い廊下に響くのは、なんとも楽しそうな、アルフレートの声。
あの後、アルフレートの荷物を受け取り、寮にそれらを運ぶことになったのだが、ずっとアルフレートはこんな調子だ。
僕に会えたことがそんなに嬉しいのか、会話がどうもかみ合わない。前はもっと、人の話を聞く男だった気がしたのだが、そう思っていたのが間違いだったのだろうか。
(まあ、積もる話もあるよね……)
夜会ではまともに話せなかったし、教室でも再会もそこそこに部屋の話に移って……
だから、こうしてまともに話したのは実に十年以上ぶり。それだけ期間が空いたから、うまく話せないだろうなと思っていたけれど、そんな心配はするだけムダだった。ちょっと、かみ合っていないけど、言葉はつまらない。何よりも、アルフレートが楽しそうでよかった。
「テオ、今笑ったでしょ」
「え? うん。そうかも。笑った、かも?」
「かわいいよ。テオは。ますます、かわいくなった」
アルフレートはそう言って、僕の頬を人差し指でつつく。確かに、アルフレートの口癖で、僕のことをよくかわいいといってたけれど、成人近い男にかわいいって、かっこいいのほうがいいのに、と思ってしまう。
「あ、アルは、か、かっこよくなったよね」
「え!? ほんと、本当に言ってる!? テオ」
「う、うん。だって、勇者っぽく……じゃなくて、ほんと、かっこよくて。教室に入ってきたとき、見惚れちゃってたんだよ」
恥ずかしくて、言わないつもりだったけど、お返しにと僕は口を滑らす。すると、ドサッと、持っていた荷物を手放して、アルフレートは廊下の真ん中で僕に抱き着いてきた。勢いよく抱き着いてきたものだから、僕は体勢を崩して倒れそうだったのだが、アルフレートに腰を支えられて事なきを得る。
「嬉しいな。テオにそんなこと思ってもらえるなんて。俺と結婚したい?」
「け、結婚!? どうして、そんな話になるのさ」
「だって、俺がかわいいっていってテオは喜んで、テオが俺のことかっこいいって。なんか、ふうふの会話みたいじゃない?」
「じゃないよ……アル、なんか変わった?」
テンションに追いつけないというか、こんなにべたべただったかな、とふと思ったのだ。
村での彼は、もっとこう……しっかり者のお兄ちゃん! という感じだったから。今のアルフレートは、甘えてくる大型犬という感じがする。自分の図体わかってなくて、飼い主をぺしゃんこにしちゃうみたいな。
「変わった? 変わってないよ。俺は、今も昔も、テオのアルフレートだよ」
「ぼ、僕のじゃないでしょ。アルは。どっちかっていったら、みんなのアルじゃない?」
勇者だし。
(そうだ、彼は勇者で、みんなから愛される逆ハー主人公。女の人も、男の人もみんなアルのことが好きになっちゃうんだもん)
友愛も、親愛も、恋愛も。いろんな愛をアルフレートは向けられることになる。現在進行形で向けられているかもしれないけど。
僕だけが独り占めなんて、そんなことできない。あの夜会だってそうだ。あの頃からもう、アルフレートはみんなの勇者アルフレートになっちゃったんだから。
ズキンと胸の奥が痛んだ。
本来であれば、僕は名前も出てこない幼馴染A、モブと同然のはずなのに、どうしてここまで彼が関わってくれるのかわからない。ストーリーがちょっと変わって、もしかしたらもうこの学園に七大魔物の一体が忍び込んでいるのかも、とか。
「みんなの、か。俺はたった一人のものになりたいな」
「アル?」
寂しそうに揺れるラピスラズリの瞳。どこかここじゃない遠くを見ているその瞳を見て、僕はまた胸が締め付けられる。
言わなくったってわかる。わかってしまう。
(ゲームの中のアルフレートもそうだったのかな……)
僕の知っているアルフレートと、ゲームのアルフレートには差があるように思えた。ゲームの中のアルフレートは、勇者で主人公で。時々病むけど、それ以上に強くて、誰にでも好かれるそんな男だった。でも、目の前にいる彼は違う。
「アル」
「ん? どうしたの。テオ」
「…………ううん、何でもない。僕も、君と会えてうれしいよ。アル」
「うん。俺も」
旅の途中で仲間はできたかもしれない、でも、彼の心は満たされていないように思えた。とても寂しそうで、村から旅立っていったあの日、無理して笑った小さい彼の顔が浮かぶ。今もきっと彼は、一人で戦って、抱えて、苦しんでいるんだと僕にはそう見えてしまった。