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「あーん。やっぱり素敵です!」
くるみがほぅっと吐息を漏らしたのを見て、実篤は照れ臭いと思いつつもくるみが気に入ったこのデザインにして良かったと思った。
この店はデザイナーにこちらの要望を伝える形でデザインから全てオーダーメードで指輪を作り上げてくれる。
入れたい石のこと、刻みたい図柄のことなどアレコレ思いつくままを二人で言葉にしていった。
実篤はくるみの指輪にだけ、愛らしいリスを入れて欲しいと要望を出したのだけれど、 それ以外は概ねくるみの意見が採用されている感じ。
そうしていくつか出された原案の中からくるみが選んだのが――。
「実篤さんのSとうちのKがええ感じに重なってハートになっちょるん、何かキュンキュンしますねっ♪」
くるみが言った通り。
リングにはまるで蔦蔓でデザインされたみたいな二人の名前の頭文字が刻まれていて、くるみのKの「ノ」みたいな部分と、実篤のSの出だしの部分がキューッと長く伸びてくるんと丸まって。そのまるまったところを重なるように合わせると、横に寝そべった大きなハートが現れる。
そんなデザインになっていた。
くるみの方にはイニシャルのほかに彼女の誕生石のエメラルドと、実篤の誕生石ブルーサファイアが一石ずつはめ込まれている。
くるみの誕生石はグリーンだけど、実篤のそれは青かったから。
花嫁の持ち物には〝青いもの〟を取り入れるといいと言うのは、母・鈴子がこっそり耳打ちしてくれた入れ知恵だ。
鈴子によると、サムシングブルーは、「二人の結婚が幸せなものになりますように」「花嫁が幸せになりますように」というおまじないアイテム「サムシングフォー」のうちの一つらしい。
ちなみにサムシングフォーは、『マザー・グース』の歌に出てくる四つのアイテムで、これらを結婚式のなかに取り入れると幸せになれると考えられているんだとか。
鈴子から送られてきたメッセージによると、サムシングフォーは、それぞれ以下のような意味を持っているらしい。
・サムシングオールド(Something Old/何か古いもの):祖先から大切な宝物や伝統を受け継ぐ。
・サムシングニュー(Something New/何か新しいもの):二人の新しい生活の第一歩を踏み出す。
・サムシングボロード(Something Borrowed/何か借りたもの):幸せな結婚生活を送っている人の幸福をおすそ分けしてもらう。
・サムシングブルー(Something Blue/何か青いもの):聖母マリアの色、つまり純潔の象徴。
くるみは実篤と出会った時、まさに男を知らない純潔の乙女だった。
自分がそれを散らしてしまったのはとりあえず一旦棚上げして、実篤はこれをくるみの指輪に組み込みたかったのだ。
ほかの三つについても、式では無理だとしても、二人での新生活の中に一つずつ取り入れていけたらとか、密かに顔に似合わないロマンチストなことを考えていたりする実篤だ。
石の周りには、ぱっと見には分かりづらいけれど、実篤リクエストの小さなリスのシルエットが描かれていて、石はリスが手にした木の実に見立てられていた。
実篤の方はイニシャルが蔦のように描かれている以外はいたってシンプル。
石もなければその他の模様も刻まれてはいない。
まぁ、リング裏には〝私の心はあなたのもの〟と言う、従業員らに見られたら赤面物の甘ったるいメッセージと共に、実篤のものには〝K to S〟、くるみのものには〝S to K〟という刻印が入っていはいるのだけれど。
これらは指にはめてしまえば見えないというところに、実篤はホッとしていたりする。
(俺があんまりゴテゴテしちょるのするん、似合わんしな)
代わりに、くるみのものは大いに華やかでいい。
愛しい彼女の小さくて愛らしい指には、ブーケみたいに華やかな指輪をはめたって絶対に似合うのだから。
だけど自分はダメじゃろ、と自覚している実篤だ。
実篤は、それこそただの何の飾り気もないナットみたいなつるんとした銀色の輪っかでもいいと思っていたくらい。
まぁ、くるみがどうしても二つ合わせたらハートになるデザインにしたいと愛くるしい目でうるんと見つめてきたからそこはグッとこらえて彼女の意に沿ったのだけれども。
「あのっ、はめてみてもええですか?」
くるみが店員をキラキラした目で見詰めて。
店員が「もちろんです」と答えるのを横目に実篤は何とも言えず幸せな気持ちになる。