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遠くから聞こえる高樹の声は、時折雑音に掻き消されながらも力強く、ハッキリと靜子の耳に届いていた。女の姿が消えた瞬間、夢から目覚めた靜子は、強烈な吐き気と耳鳴りのする頭の中で、心配そうに見つめる高樹の表情に安堵し、深い息を吐いて昨晩のことを思い返した。
久方ぶりに高樹と会い、淋しさを紛らわす為に酒を飲み、現実逃避をしたくなってさらに飲んだ。
しかし、その後は覚えていない。
靜子は、ベットのシーツにこびりついた血液を見て我に返った。
鉄錆臭が鼻についた。
「そうだ。昨日はセックスの後、そのまま眠りについたんだ・・・生理中はやっぱり良くない、後始末がたいへんだもの」
そう心の中で呟くと、高樹の身体にしがみついた。
滑る汗と男の匂いに、感覚が再び麻痺し始めている。
靜子は、悪夢を忘れる為に、高樹の口を自分の唇で塞ぎながら、このまま死んでしまいたい衝動にかられて、
「絡み合う私のべろを、ひと思いに噛み切ってはくれないかしら?」
と、囁くと、高樹が靜子の頭をやさしく撫でながら言った。
「うなされてたけど大丈夫か? 恐い夢でも見た?」
靜子は首を横に振って、忘れちゃったと嘘ぶいた。
頭から焼き付いて離れない女の顔と、高樹が朽ち果てていく姿を思い出したくはなかったからだ。
愛する人はここにいる。
体温と声と鼓動を感じる。
それだけで良かった。
靜子は、高樹の唇を軽く噛んでから言った。
「所詮、夢だもの…」