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「あら。ここだけは、ずいぶん正直ですのね?」
「っ……からかうな……!」
私はくすりと笑い、その耳元へ唇を寄せた。
「……責任くらい、ちゃんと取ってあげるわよ♡」
***
──一時間ほど前。街から離宮へ戻って以来、カイル殿下の表情はずっと晴れない。 広々としたダイニングテーブルで向かい合って夕食をとっていても、食器の触れ合う音しか聞こえない。
(やばい……。気まずすぎるんですけど……!)
「今日作ったリース、セレナが喜びそうですわね」
「……そうだな」
(会話が終わった……)
食べ終わったあと、カイル殿下は目も合わせずに立ち上がった。
「……俺はこれから風呂に入る。先に休んでいてくれ」
「あ……はい……」
自室に戻ったあと、私はベッドの枕に突っ伏して頭を抱えていた。
(ああ、もう一体どうすればいいのよ!)
せっかくの二人きりの旅行なのに、初日からすれ違って終わるなんて絶対に嫌。 枕からガバッと顔を上げ、私はある結論に達した。
(何を言っても、たぶん余計にこじれる)
(だったら――まずは、いつも通りの私たちに戻らなきゃ!)
(それなら、行動あるのみ!)
***
私は浴室の前まで行くと、入口に控えていた侍従へ声をかけた。
「大判のタオルを一枚ちょうだい」
「かしこまりました。ですが、殿下は今ご入浴中で――」
「ええ。知っているわ」
「……はい?」
きょとんとする侍従に、私はにっこりと微笑んだ。
「この階の使用人を全員下がらせなさい」
「えっ……?」
「呼ぶまで、誰も近づけないで。いいわね?」
一瞬、侍従の視線が私と浴室の扉を往復した。やがて何かを察したのか、頬をほんのり赤くしながら深々と頭を下げる。
「しょ、承知いたしました……!」
***
バスタオルを一枚だけ巻き、私は浴室の扉を開けた。立ち込める湯気が頬を撫でる。白い大理石で造られた広い浴槽には、この土地から引かれた天然温泉の湯が満ちていた。細長いアーチの窓から差し込む夕暮れの光が、淡く滲んでいる。洗い場で身体を流していたカイル殿下が、物音に気づいて振り返った。
「ソフィア!?」
私の姿を認めた途端、ものすごい勢いで顔を逸らす。
「な、何をしている! お前の浴室は隣だろう!」
「間違えてなんていませんわよ」
私は何食わぬ顔で歩み寄った。
「一緒に入ってはいけませんの?」
「……っ」
「せっかくですし、背中くらい流して差し上げようかと思いまして♡」
上目遣いで首を傾げる。
「……お嫌なら、帰りますけれど?」
「……帰れとは言っていない」
「ふふ。では、遠慮なく」
石鹸を泡立て、彼の広い背中を撫でていく。鍛えられた身体をなぞるたび、肩がびくりと強張った。
「ちゃんと洗って差し上げないとね♡」
「……普通に洗え」
「あら。普通に洗っていますわよ?」
そう言いながら、ゆっくり背中から腰へ手を滑らせた。
「……っ」
それにしても。
(本当に、いい身体してるのよね……)
広い肩に、引き締まった腰。ただ泡を滑らせているだけなのに、触れている私のほうまで妙に意識してしまう。
(あー……もう)
(洗ってるだけなのに、変な気分になってきちゃったじゃない!)
私はわざとらしく彼の肩越しから覗き込んだ。
「前がまだ洗えていませんわよ?」
背中からしなだれかかり、際どいところまで指先を下ろす。
「っ……!」
彼の身体がびくりと跳ねた。
「そ、そこは自分で洗う!」
「ふーん? では、私は先に湯船へ入っていますわね」
タオルを外して浴槽の縁へ置き、湯の中へ身を沈めた。
しばらくして、カイル殿下も湯船へ入ってくる。けれど――。
(……遠っ!!)
浴槽の反対側。
(何よ、その距離!)
(浴槽の端と端じゃない!)
私はじっと彼を見つめた。
「殿下」
「……何だ」
「ずいぶん遠いですわね?」
私は湯面を軽く叩いた。
「こちらへ来てくださいませ?」
カイル殿下は一瞬だけ迷うように顔を伏せた。けれど――やがて、私の隣へ移動してくる。
すかさず首元へ腕を絡め、その唇を奪った。一度では終わらせない。わずかに開いた隙間から舌を滑り込ませる。飲み込むような、誘うような口づけ。
「……はっ……」
ようやく唇を離すと、透明な糸が引いた。
「あら。ここだけは、ずいぶん正直ですのね?」
「っ……からかうな……!」
水中で指先を伸ばし、軽くつつく。
「お、お前が……そんなふうに煽るからだろう……!」
「まあ。私のせいですの?」
「これ以上されたら……本当に、抑えが利かなくなる」
そう言いながらも、熱を帯びた瞳は私から逸れない。
(……そんな目で言われたら)
(ちょっとドキドキするんですけど!)
私はくすりと笑い、その耳元へ唇を寄せた。
「……責任くらい、ちゃんと取ってあげるわよ♡」
さらに距離を詰め、濡れた身体をぴたりと密着させた。
「ここに来る前に人払いをしましたの」
「……相変わらず、とんでもない奴だな」
「今さら気づいたんですの? お嫌でしょうか?」
「……嫌なわけ、ないだろう」
腰をぐっと引き寄せられた。
「んっ……!」
今度はカイル殿下のほうから、深く唇を重ねてくる。
「……そこに腰かけてくれ」
私は足首まで湯に浸したまま、浴槽の縁へ腰掛けた。彼は片足をそっと持ち上げ、足先へ口づける。そのまま足首から太腿へ、ゆっくりと唇を這わせてきた。
「んっ……」
甘いくすぐったさにたまらず足を引こうとしたけれど、彼の手がしっかりと太腿を掴んで離してくれない。柔らかな舌先が、太腿の内側をじらすように近づいてくる。
「……夕暮れでも、よく見えるな。本当に綺麗だ」
「ちょっと……!?」
(わざわざそんなこと言わなくていいのに! 急にめちゃくちゃ恥ずかしくなるじゃない!)
「あっ……!」
中心を舐め上げられる。長い指が滑り込み、奥へとゆっくり押し込まれた。優しく刺激されているだけなのに、身体が跳ね、水音が浴室に響く。浴槽の縁を掴む指先に力が入った。
(もう駄目……)
背筋を甘い痺れが駆け抜けた。
「……はぁっ……、あ……っ……」
荒い息を零したまま、しばらく言葉が出てこなかった。
「……ねえ……身体、冷えちゃった……」
精一杯の言い訳を呟くと、彼は満足そうに私を抱え上げ、湯の中へ戻してくれた。
「……もっと、あっためてよ」
彼の昂ぶりに、悪戯っぽく触れながら耳元で囁く。
「ここで、か?」
「ふふっ。我慢できるの?」
「……それだけ煽っておいて、覚悟しろよ」
腰を掴まれ、一気に沈められた。
「……あっ!」
ばしゃ、と水面が大きく揺れた。思わず彼の肩へ両腕を回す。身体は温泉で心地よくほぐれているのに、繋がった中心だけはどこまでも狂おしく火照っていく。湯の温もりと彼の激しさが混ざり合い、内側からとろとろに溶かされていくようだった。
「……のぼせてない? 大丈夫?」
「……はっ……随分と余裕そうだな」
カイル殿下が、すっと目を細める。
(あ……まずい。これ、完全に本気にさせちゃった……?)
抱き合っていた身体を離され、私は浴槽の壁に手をつかされる。
「そこに手をついて、立て」
「あっ――」
バシャッ! 背後から身体を支えられ、そのまま後ろから貫かれた。
(っ……!? いつもより、ずっと深い……っ!)
「きゃっ……!」
首筋を甘噛みされて、全身がぞくぞくと痺れた。
(もう……っ!)
(いつの間に、教えた以上のことまで勝手に!)
(生意気ね……!)
後ろへ手を伸ばし、彼の胸元をきゅっとつまんでやった。
「っ……!」
「……ここ、弱すぎですわよ?」
「お前だって……」
仕返しのように胸を揉みしだかれ、腰を打ち付けられる。
「あっ……んっ……!」
「お前が悪い」
「どうしてよ……っ」
「俺がどれだけお前に惚れてるか、まるで分かってない」
「…………っ」
(な、何よそれ……)
(今それ言うの、反則でしょうが……!)
彼が私の肩口に額を預けてきた。湿った髪が肌をかすめ、彼の息遣いが伝わってくる。
「もう……絶対に逃げたりしないよな?」
「……あっ……ん……っ」
「本当に……どこにも行かないよな?」
「……言わなくても、わかるでしょ……っ」
(こんなときにしか聞けないなんて……不器用で、可愛い人)
「……こっち向いてよ。キスしたいの」
正面から向かい合う体勢へと変わり、彼の首へ両腕を回した。そのまま、貪るように唇を重ねる。
「ん……っ……」
大理石の浴槽の縁へ身体を預けるのは少し心許なくて、私は彼へしがみついた。
「ほんと、可愛い人」
「……可愛いなんて言うなよ」
「ふふっ。……私のこと、落とさないでね?」
「落とすわけないだろ」
腰を抱く腕が、ぎゅっと締まった。
「……一生、離すつもりもない」
首に回していた片手をほどき、彼の頬へそっと触れる。まっすぐ、その瞳を見つめた。
「知ってた? 私があなたに言う『可愛い』はね――最高に愛おしいって意味なのよ」
「…………っ!」
彼が一瞬、言葉を失った。
「……っ、ソフィア……!」
私を抱く腕に強く力がこもり、カイル殿下の身体が大きく震えた。満ちていく熱に、ぎゅっと脚を絡める。
「……は……っ、ぁ……」
やがて力が抜け、そのまま身を預けた。腕が強く私を抱きしめ直す。──一生、離すつもりもない。その言葉どおりに。
コメント
1件
第74話、拝読しました…!もうもう、もう…!お風呂場に乗り込むソフィアの大胆さと、それでいて一生懸命に関係を取り戻そうとする健気さが素敵でした。それに何より「一生、離すつもりもない」って台詞、心に響きました…。不器用なカイル殿下がソフィアに向ける執着と愛情がぎゅっと詰まった一言で。ラストの「『可愛い』は愛おしいって意味」って返しも、ソフィアらしくて最高でした。温泉の湯気と夕暮れの光の描写も美しくて、官能的だけど甘やかな空気に包まれました。素敵なエピソードをありがとうございます…!