テラーノベル
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「……ソフィア?」
「…………」
「大丈夫か?」
「…………だい、じょうぶ……」
「全然大丈夫そうに見えないぞ」
カイル殿下の胸にもたれたまま、ぼんやりと瞬きをした。頭がふわふわする。
「……少し……のぼせたかも……」
「は?」
顔色が一瞬で変わった。
「なぜ早く言わない!」
「だって……さっきまで、それどころじゃ……」
カイル殿下は私を軽々と抱き上げ、浴室から飛び出した。
「ちょ、ちょっと……! 自分で歩けるわよ……!」
「却下だ。さっきまで立てなかった奴が何を言っている」
反論する間もなく、大判のタオルで身体を包まれた。髪の水気まで丁寧に拭われ、そのままバスローブを着せられた。
(……この人、こういうときに手際がいいのよね……)
「ほら、行くぞ」
再び、ひょいと横抱きに抱え上げられた。
「ちょっと! 本当に歩けるってば!」
「暴れるな。落とすぞ」
「はあ!? 落とさないって、さっき言ったじゃない!」
睨みつけると、彼は口元を緩めた。
「……冗談だ。俺がお前を落とすわけないだろ」
「…………っ」
***
夫婦の寝室へ戻ると、そのままベッドへ寝かされた。結局、冷たい水まで口元へ運ばれ、濡れた髪もすっかり乾かされて――気づけば私は、すっかり世話を焼かれる側になっていた。
(悔しい……)
部屋の灯りを落とし、カイル殿下が隣へ横になる。私は少し迷ってから、その背中へ近づいた。後ろから、ぎゅっと腕を回す。
「……どうした?」
「別に」
しばらく黙ったまま、温かな背中に頬を寄せた。カイル殿下の手が、私の手へ重なった。
「……ただ、こうしていたいの」
「…………」
「なんか……幸せだなって思って」
口にした途端、急に恥ずかしくなった。誤魔化すように、さらに顔を背中へ埋める。
「……そうか」
見上げれば――彼の耳の先が、ほんのりと赤く染まっている。
(ふふっ)
(やっぱり、可愛い)
私は満たされた気持ちで目を閉じた。
***
翌朝。 まだ東の空が薄く色づき始めたばかりの頃、私たちは新しい幻装石を使った。 鏡に映った私は、昨日とはまた違う別人の姿だ。黒髪に、澄んだ青い瞳。
「今日はこんな感じなのね」
そして、隣に立つカイル殿下へ視線を向ける。
「…………」
#ハッピーエンド
Tubling
372
#ロマンスファンタジー
花月夜れん
671
世羅 鈴🎨🎤
522,454
#異世界
百はな🍑
20,619
思わず二度見した。
「何だ?」
銀色の髪に宝石のような紫の瞳。元々の端正な顔立ちと相まって、どこか現実離れした妖艶な色気を醸し出している。
「……ちょっと待って! めちゃくちゃ似てる……!」
「誰にだ?」
私は鞄から映像魔石を取り出した。
「殿下! そこの窓辺に片手をついて立ってくださいませ!」
「……なぜだ」
「いいから! 少し顎を引いて! そう、こっちを見下ろす感じで!」
「…………」
カイル殿下は眉間に皺を寄せつつも、言われるがまま窓辺へ立ち、ポーズをとった。 朝日の逆光に浮かび上がる、究極の美男子。
(やばっ……! 完全に実写版じゃないの……!)
「これ、アンナに見せたら絶対大喜びするわ! あの子も『銀狼大公』推しだし――」
「……銀狼大公?」
(……しまった!)
「誰だ、そいつは」
「え?」
「今、銀狼大公と言っただろう」
「まあ……その……いろいろあるのですわ!」
「いろいろとは何だ」
「ほら! 早く行かないと、湖の朝焼けを見逃してしまいますわよ!」
私は強引に彼の腕を引いた。
***
離宮を出る頃には、東の空が朝焼けに染まり始めていた。湖畔の船着場から、小さな遊覧船へ乗り込む。早朝だからか、ほかに乗客はほとんどいない。船がゆっくりと岸を離れていく。
「わあ……」
思わず声が漏れた。
朝日を受けたラヴィエール湖の水面が、無数の宝石を散りばめたようにきらきらと輝いている。淡い金色と橙色の光が湖いっぱいに広がっていた。
「領主夫人がおっしゃっていた通りの絶景ですわね」
「ああ」
並んで船縁に立ち、湖面を渡る涼しい風を受ける。 横を向けば、カイル殿下の銀髪が風になびいていた。
「ちょっとそのまま動かないでくださいませ!」
「……またか?」
「だって、あまりにも絵になるんですもの!」
再び映像魔石を構える。
「湖へ視線を向けて! そう、その憂いを帯びた表情!」
「俺は一体何をさせられているんだ?」
カイル殿下が呆れたようにため息を吐いた。
「……さっきから俺ばかりだな」
「だって、最高に絵になるんですもの~」
「いい加減、お前も入れ」
ひょいと手元の映像魔石を取り上げられた。
「今度は俺が撮る」
「ちょ、ちょっと!」
カイル殿下が長い腕を伸ばして二人で一枚撮ったあと、近くにいた船員へ魔石を渡し、私たちは湖を背にして並んだ。 大きな腕が、ごく自然に私の腰へと回る。
「お二人さん、もうちょい寄って!」
船員のおじさんに促され、さらに身体を寄せ合う。 パシャッ、と魔石が光を放った。
受け取った魔石に浮かび上がる映像を、二人で覗き込む。 朝焼けの湖を背に微笑む、銀髪紫眼のカイル殿下と――その腕に収まる、黒髪碧眼の私。
(こうして見ると……)
(なんだか私も、あの物語の『王女様』にちょっと似てるわね)
***
船を降りた私たちは、湖を一望できるテラスで朝食をとり、保養地区の散策を続けた。 石畳の道を歩いていると――。
「……あれは何ですの?」
見上げた先。湖畔の小高い丘に、古びた石造りの鐘楼がそびえ立っていた。
「恋人たちに人気の名所らしい」
「まあ、詳しいですわね」
「昨日、領主に聞いた」
鐘楼の中へ足を踏み入れると、細く急な螺旋階段が、はるか上へと続いていた。 最初のうちは景色を楽しむ余裕があった。けれど――。
「これ、一体何段あるんですの……?」
「まだ半分位だな」
手すりに掴まり、ぜえぜえと息を整える。一方のカイル殿下は涼しい顔だ。
(なんで息一つ乱れてないのよ!)
「手を出せ」
「大丈夫ですわ」
「いいから出せ」
差し出された手。私は少し迷ってから、その手を取った。エスコートされるように引かれながら、再び階段を上り始める。
「……ソフィ」
「何ですの?」
カイル殿下が足を止めた。
「右足を庇っているな」
「え?」
「さっきから重心がずれている」
「少し靴擦れしただけですわ」
「見せろ」
「これくらい平気ですわよ!」
「平気なら歩き方は変わらない」
「…………」
ちょうど途中階には、観光客の案内をする管理人の詰所と、休憩用のベンチが置かれていた。
「ここで座って待っていろ」
「え?」
カイル殿下は詰所の方へ歩いていくと、数分後、小さな軟膏の瓶と包帯を手にして戻ってきた。 そのまま私の前の床へ、片膝をつく。
「靴を脱げ」
「……自分でできますわ」
「早く」
しぶしぶ靴を脱ぐと、カイル殿下は私の足首をそっと持ち上げ、自分の膝の上へと載せた。 赤く擦れた踵に指先で薬を塗り、手際よく包帯を巻いていく。
「戻るか?」
「いいえ。せっかくここまで登ったんですもの」
「……分かった」
靴を履かせ終えた彼が、立ち上がって再び手を差し出す。
「ただし、少しでも痛むならすぐに言え。無理はするなよ」
***
鐘楼の最上階。展望台へ出た瞬間、ここまでの疲れなんて一瞬で吹き飛んだ。 眼下に広がる、レンガ造りの街並み。その先には、陽の光を反射して輝くラヴィエール湖がどこまでも広がっている。そして、展望台を囲む鉄柵には――無数の小さな金属の錠が掛けられていた。
「『誓いの錠』だそうだ」
かつて戦争で引き裂かれた恋人たちが、この鐘楼に再会を願う錠を掛けた。
戦後、二人は本当にこの場所で再会し、生涯を共にしたという。それ以来、ここへ二人の名を刻んだ錠を掛けると、永遠に結ばれると言い伝えられている。
「素敵なお話ね……」
柵いっぱいに並ぶ錠を眺めていると、カイル殿下がぽつりと言った。
「せっかくだ。俺たちもやるか」
私は思わず、隣の彼を見上げた。
「こういう願掛けをやりたいんですの?」
「……悪いか」
「ふふっ。いいえ、少し意外だっただけですわ」
売店で小さな銀色の錠を一つ買った。いくら旅先とはいえ、本名を書くわけにはいかない。だから――。
『Kai & Sofi』
「ここでいいか?」
「ええ」
カチャン。
二人で錠を掛けた。
***
昼過ぎ。早朝から歩き回って離宮へ戻った私たちは、午後の散策まで少し昼寝をすることにした。カイル殿下はすでに上着を脱ぎ、薄手のシャツに室内用のローブを羽織っている。
「では、私も着替えてきますわ」
「ああ」
外出用のドレスを脱ぎ、薄手の室内用ドレスへ着替える。その上からガウンを羽織り、夫婦の寝室へ戻った。
「殿下、お待たせしまし――」
足が止まった。
「…………」
カイル殿下が、ベッドの横に立っている。その手には――枕の下へ隠しておいたはずの、一冊の本。
(…………終わった)
どうやら着替えている間、枕を動かしたらしい。濃紺の表紙には、黒髪碧眼の王女と、その腰を抱き寄せる銀髪紫眼の美青年のイラスト。そして、金箔押しで踊るタイトル。
『敵国の銀狼大公に嫁いだ王女は、夜ごと甘く囚われる』――今、帝都の貴族令嬢たちの間で大人気の、ロマンス小説だ。
カイル殿下がゆっくりと顔を上げた。
「『銀狼大公』とは……こいつのことか?」
「……はい」
「なるほどな」
表紙をじっと見つめる。
「大公は銀髪に紫の瞳。そして王女は、黒髪に青い瞳……」
「今の俺たちと、ほとんど同じではないか」
自分の鍛え上げられた腕へちらりと視線を落とし、それから表紙の優美な大公を睨みつけた。
「だが……体つきは随分違うな。こいつはかなり細身だ」
「そこ気にしますの!?」
「こういう男が好みなのか?」
「……いいえ」
「なら、なぜ隠してまで読んでいる? ――これは、浮気ではないのか?」
「架空の男相手に本気で嫉妬しないでくださいませ!?」
カイル殿下はまだ納得しきれないように眉を寄せた。
「……前から気になっていたことがある」
「……何ですの?」
「お前は初夜の時から、こういうことに妙に詳しかったな」
「………はい?」
わずかに視線を逸す。
「……想い人でもいたのかと、考えたことはある」
(急に何の話よ!?)
観念して小さく息を吐いた。
「前にもお話ししたでしょう? 私は前世の記憶を持ったまま、転生しているの。知識があったのは、そのせいよ」
ぷいっと視線を逸らす。
「この身体では……あなたが初めてよ」
「…………」
「……何よ、その顔」
見るからに口元が緩んでいる。
「嬉しいな」
「はあ。呆れた……」
「ねえ。いい加減、それ返して」
手を伸ばすが、カイル殿下はひょいと腕を上げて本を高く掲げた。
「嫌だ」
「はあ!?」
「せっかくだ。妻がどんな物語に夢中になっているのか、俺も読んでみよう」
「ちょっと!」
ぱらぱらとページがめくられていく。そして、栞が挟まっていたページで彼の手が止まった。
「……『互いの想いを確かめ合った二人は、その日の朝、城中の使用人へ休暇を命じた。誰にも邪魔されない城で、大公は王女を抱き上げ――』」
「待って!」
必死にジャンプして本へ手を伸ばした。 だが、長身のカイル殿下は片腕を高く上げたまま、涼しい顔でひょいっと避ける。
「声に出して読まないでよ!」
「なぜだ?」
「恥ずかしいからに決まってるでしょう!?」
さらにページをめくっていく。
「ほう……。執務室、窓辺、廊下、食堂……まだあるな」
顔が沸騰しそうなほど熱い。そんな私とは対照的に、カイル殿下は至って冷静だった。
「……なかなか過激なのだな。こういう展開が好きなのか?」
私は気まずさに目を泳がせた。
「架空のお話ですし……あくまで物語として読む分には、その……」
「好きなんだな」
「…………」
カイル殿下は何やら深く納得したように頷き、パタンと本を閉じた。
「妻の要望に応えるのも、夫の務めだ」
カイル殿下が、呼び鈴へ手を伸ばした。チリンと澄んだ音が響き、すぐに控えていた侍従が扉を開けて入ってくる。
「お呼びでしょうか、殿下」
「使用人を全員下がらせろ。護衛は棟の外に残せ」
「…………え?」
侍従だけではない。私までその場で固まった。
「呼ぶまで、誰も中へ入れるな」
「か、かしこまりました」
侍従が頭を下げ、部屋を出ていく。
パタン、と扉が閉まった。
恐る恐る顔を上げる。カイル殿下は小説を片手に、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。余裕たっぷりに、私の顎へ指先を添える。
「せっかくだ。この小説どおり、順番に試してみよう」
カイル殿下は楽しそうに目を細めた。
(これ……)
(もしかして私、とんでもないところに火をつけちゃったんじゃない!?)
コメント
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ひよりさん、第75話読みました!鐘楼の「誓いの錠」、素敵でしたね…。あの静かな二人きりの時間が、とても温かくて。そして終盤、ついにバレてしまいましたね(笑)「浮気なのか?」って言うカイル殿下の拗ね方がもう可愛くて!最後の「順番に試そう」は、これは火をつけちゃいましたね…続きが気になります🔥