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#とどひゅ
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「……消えた、か」横浜が低く呻くように云った。テレビ画面では、何事もなかったかのようにアナウンサーが明日の天気を伝えている。先ほどの禍々しい「宣戦布告」が嘘だったかのような日常の風景が、逆に不気味さを際立たせていた。
「おい、静岡。手、見せてみろ」
名古屋が鋭い声で言い、自身のハンカチで静岡の紅く染まった掌を固く縛る。
「……助かります、名古屋さん。でも、これくらいならすぐ治りますよ」
静岡は微笑んだが、その顔には汗がつたっている。異能による傷は、通常の怪我よりも回復に時間がかかることを全員が知っている。
「台東、渋谷、港……狙いは全部、東京の中心部じゃん」
さいたまが、震える指でスマホの画面を叩く。ようやく電波が戻り、SNSには「一瞬停電した?」「テレビのノイズ凄かった」という書き込みが散見されるが、あの犯人の声明に触れているものは一つもない。あの映像は、この部屋の「政令指定都市」たちだけに向けられたものだったのだ。
「8月12日……あと三日しかないやんか」
大阪が、いつもの余裕をかなぐり捨てて吐き捨てた。
「1万体の『陰』を都心に放つやと? 冗談やない。そんなん許したら、日本の機能が止まってまう」
「…黙ってるわけにはいかないね」
浜松が、いつの間にか弄んでいたスマホをポケットに仕舞い、真っ直ぐにテレビ画面を見据えた。その瞳からは、先ほどまでの飄々とした空気は消え、政令指定都市としての冷徹なまでの「強さ」が宿っている。
「私たちがここに集められたのは、偶然ではない。東京が狙われてるなら、周りの私たちが動くしかないね」
「あぁ、全くだ。俺を差し置いて東京で暴れようなんて、いい度胸じゃねぇか」
横浜が不敵に口角を上げる。
「静岡、動けるか。名古屋、お前は後方連絡を回せ。さいたま、お前は東京の結界の状況を確認しろ。……大阪、お前はどうする」
大阪は、ふん、と鼻で笑って上着を肩に掛けた。
「決まってる。あんな得体の知れん風船野郎に、縄張りを荒らされてたまるかいな。……西の連中にも声をかける。総力戦や」
閉ざされていた会議室の空気が、絶望から「戦意」へと塗り替えられていく。
しかし、彼らはまだ気づいていなかった。
犯人がわざわざ彼らをこの「密室」に閉じ込め、静岡を傷つけてまで見せつけた「宣戦布告」の、真の狙いに。
「……あの、そう云えばなんですが」
不意に、包帯を巻いた静岡が窓の外を見つめて呟いた。
「……東京さんは、今どうしてるんでしょう」
その問いに、答えられる者は誰もいなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
決戦当日、8月12日の夕刻。
不気味なほどに燃えるような夕焼けが、東京都心を赤く染め上げていた。
「各員、配置についたか。」
横浜の声が、政令指定都市達の通信回線に響く。彼は現在、港区のレインボーブリッジを見下ろす特等席にいた。その手には、巨大な黒鉄の鎖鎌が握られている。
『台東区、準備完了。……上野のパンダたちが落ち着かなくて困るよ。』
さいたまが、少し震え声ながらも冗談を交えた報告を入れる。彼は敵の異能に反応するセンサー能力を活かし、区内の地下鉄全線を「索敵網」として張り巡らせていた。
『渋谷、こっちはいつでもええで。ハチ公前は既に「封鎖」した。』
大阪の声が混じる。彼は通天閣の転送門を使い、一瞬で東京へと駆けつけていた。背負っているのは、虎の意匠が施された巨大な扇だ。一振りすれば、落雷のごとき衝撃波が街を飲み込む。
『港区……僕も、名古屋さんと一緒にいます。怪我は多分、大丈夫。』
静岡が、包帯の巻かれた手を強く握りしめる。彼の傍らには、巨大なの双剣を構えた名古屋が立っていた。
「静岡、無理はするな。お前は後方から敵の目を潰してくれればいい。切り込みは俺の役目だ。」
太陽が地平線に沈みきり、マジックアワーが訪れたその瞬間。
巨大な領界が展開された。
『……始めましょうか。』
テレビで聞いたあの声が響くと同時に、台東・渋谷・港の3箇所に漆黒の柱が立ち昇る。
その柱から溢れ出したのは、形を持たないドロドロとした影——「陰」の軍勢。
その数は、宣言通り1万。
「来たな……!!」
横浜が鎖鎌を振り回し、最初の一体を粉砕する。
「手前等!!都市の意地を見せてやれ!掃討開始だ!!!」
都心三区を舞台にした、政令指定都市VS陰の勢力の全面戦争が幕を開けた。
しかし、戦いの中で浜松が気づく。
「やはり……可笑しい… 1千体もいるのに、彼奴等の狙いは私達じゃない……全て、何処かの『一点』に向かって走ってる……真逆ッ」
何かに気がついた浜松の瞳が陰達の進軍する方向を見つめる。陰たちが目指す先。それは、東京都庁でも、東京タワーでもない。
皇居の奥深く、結界に守られているはずの「東京」の本体が眠る場所だった。