テラーノベル
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リヴァイアサン号の船尾、重厚な鉄の扉をこじ開けて船内へと滑り込む。
機械室の熱気と重油の匂いが、潜入者の肺を刺す。
山城と視線を交わし、俺たちは濡れたウェットスーツを脱ぎ捨てた。
その下には、志摩が用意したウェイターの制服を纏っている。
「……上はどんちゃん騒ぎみたいですね、兄貴」
山城が天井を指差す。
厚い鋼鉄の床越しにも、オーケストラの優雅な旋律と、グラスが触れ合う乾いた音が微かに伝わってくる。
「浮かれてられるのも今のうちだ。行くぞ」
俺たちは従業員用のエレベーターを使い、メインバンケットがある中央デッキへと向かった。
廊下ですれ違うPMCの兵士たちは、無線機を耳に当て、獲物を狙う鷹のような鋭い目をしている。
会場の扉を開けると、そこには眩いばかりのシャンデリアの下
タキシードやドレスに身を包んだ「支配者」たちが集っていた。
その中央、一段高いステージに立っていたのが、神崎だった。
三十代半ば。
完璧に仕立てられたスリーピースのスーツに細縁の眼鏡。
大河内のような威圧感はないが、その瞳には凍りつくような冷徹な知性が宿っている。
「……紳士淑女の皆様。今夜、私たちは古い『国家』という概念を葬り去ります」
神崎が優雅に手を広げると、背後の巨大モニターに日本地図が映し出された。
だが、その地図はいくつもの区画に色分けされ、それぞれに海外企業のロゴが刻印されている。
「資源も、インフラも、そして国民の個人情報さえも。これからはすべてがオークションの対象です。この国を最も効率的に運用できるのは、政府ではなく、ここにいる皆様だ」
会場から拍手が沸き起こる。
国を切り売りする宣言に、誰もが歓喜していた。
「……反吐が出るな」
俺はトレイを抱えたまま、ステージの袖へと距離を詰める。
コンタクトレンズ型カメラが、その売国計画のデータを志摩へと転送し続けているはずだ。
だが、神崎がふと、俺の方へ視線を向けた。
「……ところで。この輝かしい門出には、ふさわしい『生贄』が必要です。…ねえ、黒嵜和貴さん。そこに立っているのは、少しばかり礼儀に欠けるのではないですか?」
神崎の言葉と同時に、会場中のPMCが一斉に俺に銃口を向けた。
逃げ場のない洋上の密室。
「……バレるのが早すぎるな、エリート様よ」
俺はトレイを投げ捨て、腰から二振りのドスを抜き放った。
「生贄にしては、野蛮ですね」
「…笑わせるな。……俺はあんたの喉元を掻き切りに来た、死神だよ」
華やかな旋律が止まり、暴力の調べが幕を開けた。
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