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「ていうか、大丈夫だったの?お前親とかにちゃんと言って来てないんじゃないの?」
「あー。うん。」
「…いきなり行ってみたらやっぱりダメで、お前だけUターンするとか…
なんて言われた?」
「いや、部屋は空いてるから同意書持って来てくれれば大丈夫だって」
「ふーん。て、え?あるの?」
「うん」笹岡はなんてことない顔でホットケーキを口に入れる。「俺んところ、共働きだし、部活でって言ったらなんでもしてくれるから。
そんな心配すんなって。」
「はあ…あのなあ。お前が、いきなり電話して来るから、金も持ってないのに、なんの手続きもしないのにずかずか俺の所に来るつもりなのかと思ってびびっただろ。」
ハハハ!と笹岡は笑う。それから、直ぐに真顔に戻って「うーんまあね。同じようなものかな…」と呟く。
「自覚あるの」
「え。なに」
「おまえ、いつも俺の返事聞いてないだろ」
「そう?」
そんなことないよ、と言って、笹岡は怜の手を握る。
「…」
怜は戸惑いつつも笹岡の顔を見る。
今度は偶然でもなく、それからこの間のように追いかけられた後の逃げ場所でも無く、…体当たりみたいな感じだった。
「一番困るのはさあ、何かってわかってるんだ。
オマエが俺のやってることとかをキモチ悪いって思うかなってのが心配だったから…
昨日だから、なかなか眠れなくて…」
「昨日、って…」
そう言いかけた怜は、早朝の電話を思い出す。
あれが…じゃあ、夜通し起きていたりしたのだろうか。
「おまえ金、持ってないって言ってたのってうそ?」
「ん?金、持ってないなんて言ってない。
お前に手持ちあるか聞いただけだろ」
「そうだっけ。」
未だ、笹岡は怜の指先を握ったままだ。
「でもさ、まだチェックインまで時間あるじゃん。どうやって時間潰そうか。この荷物、沢口はどうした?駅のロッカーにでも入れてあるの?」
「うん。そう」
「じゃ俺も、そうする。どっか二人で行ける所行くか。…と思ったけど、もう決めてるのかな。どこへ行くって予定あるの」
「…」
「なに。」
「いや普通は、予定あるに決まってるだろ。だって俺、二週間も前から予定立ててたし。バイトも一応、その為に休み取ってる、ていうかそもそもバイトも、この為にしてたんだし」
笹岡は、怜の顔をじーっと見て、それから手を離す。置いてある水を一口飲むと、テーブルの上で手を暫し動かして、それからそれをひらひらとさせた後で「うん。」と呟く。
「確かに…まあ…
説明するよ。説明した方がいいんだよね?」
「うん?」
怜は眉を顰める。
「そんな顔しないでよ」笹岡が呟くように言う。
「いや、いいんだけどさ…何?また、部活でやらかしたとか」
「んなことあるわけ、ねーだろ。」
と、今度は怒ったような声を出す。
「サワグチのその、追求にオレは辟易するよ」そう言って笹岡はホットケーキを口に放り込む。
「いや、知らないからさ。…お前って最初から、今までずっといきなりだよな。俺の事、だしにしてるっていうかさ。確かに何かのわけくらいは話してくれても良いのかもな」
「だしにしてる?」
「うん」
「サワグチはさあ、さっきから何言ってるの。
そんな事いちいち気にしてるの、…ダサいよ。」
「はあ?」
「…説明ってかさ、紆余曲折?」
笹岡はそう言い、怜の方をチラと見る。
「そういう話になるのかな。うん。俺、お前が旅行行くって話聞いて、俺の予定と被ってるって事知ってさ、なんか舞い上がってたんだよな。
千葉への遠征は、まあ夏休み前から決まってたんだ。顧問のつてで、何度か行ってて、俺もまあまあ知ってる所で。俺も、吹奏楽は好きだけど、自分の体調のこともあるから、2年間ずっと、なんていうのかな…片思いみたいな感じ。分かる?サワグチは、一年の頃からレギュラーだったから、そんな気持ち分からないだろ。」
「そんな事ないよ。誰にだって、思うようにいかない事くらいあるでしょ。
ふうん。でも、なんか始めて聞いたな。そういう話」
「いや…」
怜は笹岡の顔を眺める。殆どホットケーキは食べ切ってしまっていて、笹岡は皿に残っているかすみたいなのをフォークで突きながら話している。
「違うんだ。お前みたいなのとは、全然違う」
「…」
「俺は、ある意味お荷物でもあったんだ。
でも皆も、しょうがないとは言ってくれるけどね。根本的に覆せない劣等感みたいなものっていうのかな。
…けど、ここ最近はあまり気にしないで出来てるから、いつもの部員たちと千葉へ来るのも楽しみだったし。偶然が重なって、多分お前にも会えるだろうなってそう思ってたんだと思う」
「ふーん。」
怜は、そう言って笑う笹岡の顔を眺める。
「そうなんだ。でも笹岡ってまったく、そんなふうに見えない」
「俺え?」
笹岡は大袈裟に変な声を出す。
「うん。それで、じゃあ恋バナの方はどうなった?」
「あー。」
「あ。じゃあ千葉にその友人も一緒に来てたんじゃないの?」
「来てない来てない。来るわけないよ。」
「え、なんで」
「あのなー。あの、恋バナ自体は本当にあった事なんだけど、実は部活内のことじゃないの。
言ったら、なんかサワグチから引かれるかなあって思ったからさ…」
「いやそんなの、分かるわけないし」怜はアイスコーヒーを飲み込む。「お前人おちょくるのやめた方がいいよ」
「どーしてだよ。俺だって、プライバシーを守って話したい事があるんだよ。」
笹岡は、真剣な顔で言う。
「じゃやっぱり、部活でもない、それに友人の事でもない、笹岡の話ってこと。」
「……。」
「ねえ」
「想像に任す」
ついに、というか、やけにあっさり引き下がるのを見て、怜は笹岡の、急に涼しげに見える表情を苛々しながら見ていた。
「なんだ、それ。」
…そんな話いきなりして、いったい誰が得するんだよ。何かそう思い、残りの氷を怜はストローで掻き回す。
いや…そうだ。単なる、恋バナというより、笹岡の趣味嗜好の話でもあるかもしれないのだった。
そんなことを考えながら怜は笹岡が駅のロッカーに荷物を詰め込む背中を眺めていた。