テラーノベル
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新宿が灰色の静寂に包まれていたあの日から、三ヶ月が過ぎた。
三和会の崩壊は、日本経済に巨大な空白を生み出した。
かつての利権を巡り、地方の組織や新興勢力が虎視眈々と牙を剥き始めているが
その喧騒は、今の俺には遠い異国の出来事のように思えた。
俺は、北の果てにある小さな漁師町にいた。
海鳴りだけが響く古びた民宿。
その一室で、俺は黒いジャケットを脱ぎ、鏡の前に立った。
左肩に刻まれた深い傷跡は、今もなお
あの日浴びた返り血の熱を覚えているかのように赤黒く盛り上がっている。
「……おじさん、またぼーっとしてる」
背後から声をかけてきたのは、この民宿の娘・サキだった。
まだ十歳にも満たない少女の無垢な瞳が
俺の背中にある「刺青」を怖がることもなく見つめている。
「……海の音を聞いてただけだ」
「ふーん。ねえ、おじさんのいた新宿って、ここよりずっと明るいんでしょ?」
明るい、か。
ネオンの光が影を濃くし、欲望が人を獣に変える場所。
俺はサキの頭を軽く撫で、言葉を濁した。
俺がこの町に来たのは、隠居するためじゃない。
志摩から送られてきた一通の暗号メール。
そこには、三和会の残党が、極秘裏に進めていた「第2の計画」……
海外の巨大資本を呼び込み、この国を実質的な経済植民地にする『亡国計画』の断片が記されていた。
大河内という頭を失っても、巨大なシステムは止まらない。
それどころか、リーダーを失った組織は暴走を始め、より凶暴な「外来種」を呼び寄せようとしていた。
◆◇◆◇
その夜──
民宿の入り口に、一台の黒いバイクが停まった。
フルフェイスのヘルメットを脱いだのは、かつての仲間・松田だった。
その顔には、以前よりも深い覚悟が刻まれている。
「兄貴。……お迎えに上がりました」
「……早かったな、松田。志摩はどうした」
「志摩さんは今、本庁の内部調査と戦いながら、敵の拠点を特定しています。…兄貴がいなければ、あの『怪物』は止められない。そう言っていました」
俺は民宿の机に置いていた、古びた手帳を懐に収めた。
そこには、拓海が最期に書き残した、まだ解読できていない座標が記されている。
「……サキ。少し遠くへ出かけてくる」
眠そうな目をこする少女に背を向け、俺は松田のバイクのタンデムシートに飛び乗った。
海沿いの道を、疾走する。
潮風が俺の頬を叩き、眠っていた極道の血が再び沸騰し始める。
俺の戦場は、新宿という一つの街を超え
この国の「明日」を奪い合う巨大な渦の中へと広がっていく。
俺の手には、もうドスはない。
だが、俺の拳には、まだ守らなければならない「筋」が残っている。
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