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「遠路はるばる良くおいで下さいました……」
「ああ、にしても報告にあったとおり酷い有様だな」
村に着き、私達は言葉を失った。
それは村の様子というよりも、村の惨状と言った方が正しかったからだ。
家は崩れ落ち、畑は荒れ果てている。人々は何かに怯え、そしてやつれており、ただただ静寂だけが支配していた。
そんな中、村長さんらしき人が出迎えてくれたのだが、村長さんも村長さんで疲れ切った顔をしていて見ていられなかった。
「はい。魔物達の襲撃が続いており……どうかお助け下さい」
「災厄の影響か」
リースはぼそりと呟き、騎士達も村の悲惨さを目の当たりにし言葉を失っていた。
(何か思っていた以上に酷い……これが、現実……)
私は、うっと口元に手をやって嘔吐きよろめくとそんな私を優しくグランツが抱き留めた。
「エトワール様、大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがとう、グランツ……でも、しっかりしなきゃだよね。私は、聖女だし」
「……………」
私がそう言うと、何故か皆黙り込んでしまった。
え? 私、変なこと言ったかな? と思っているとグランツがそっと背中を撫でてくれる。
それが嬉しくて、私は思わず涙が出そうになり、それを誤魔化すように俯いて目を擦った。
「その、そちらの方は?」
と、村長が少し身を乗り出して私の方を見ると、不思議そうに尋ねてきた。
その目からは、何故こんな所に女性が? とでも思っているのだろう。私を一目見て、聖女だと思わないのはきっと私の髪色と瞳のせいだろう。
私は、早く答えなければと口を開くが上手く呼吸が出来ずはくはくと空を切ることしか出来ない口を動かして必死に伝えようとしていると、ルーメンさんが私の代わりに「彼女は聖女様です」と答えてくれた。
騎士達は何も言わなかったが、彼らの視線はやはり「お前は本当に聖女なのか?」という疑いの気持ちがこもっているようにも見えた。
(慣れてます、慣れてます……)
確かに、彼らは私の活躍も何も知らないだろうし、もしかするとリースをたぶらかしている悪い女とでも思っているかも知れない。私だって、エトワールがヒロインストーリーでどんな待遇を受けてきたか知っているから尚更、身にしみる。
村長もまた、彼らと同じように目を丸くし私を見ていた。
やっとまともに動くようになった口をどうにか動かし、私はドレスの裾をキュッと掴んで小さくお辞儀をした。
「はい、ご紹介頂いたように、わ、私は災厄を討ち滅ぼすために召喚されてた聖女です」
「そ、そうでしたか。伝説とはまた違う髪色と瞳の色をしていましたので……」
と、村長はぎこちなくお辞儀を返した。
他の人達も、どこか戸惑った様子で私を見ている。
(……まぁ、仕方ないよね)
私は苦笑いを浮べるほかなく、村長ににこりと精一杯の笑顔を向けてやった。
すると、それまで黙っていたリースが突然口を開き地響きするような低い声で村長に向かって言う。その眼光は鋭く、村長もその恐ろしさに身を震わせていた。
「伝説と違うからなんだ。彼女は聖女だ。全く、何奴も此奴も彼女に奇異の目を向けて……」
「リース……ッ、殿下、大丈夫ですから!」
そのまま剣を抜きそうなぐらいに髪がさかだっているようにも見えたから、私は思わずリースのマントを引っ張って大丈夫だという有無を伝えた。すれば、リースは落ち着きを取り戻したが、まだそのルビーの瞳には怒りが残っているようにも思えた。
私の為に怒ってくれていると分かっていても、一般人に私のことで手を挙げて欲しくはない。
「し、失礼いたしました。聖女様……どうか、無礼をお許し下さい」
「そ、そんな、怒ってないので。それに、今回が初めてじゃないですし、私はその伝説の聖女とは髪色とか目の色とか、性格とかもほら、違いますし、分からないのも無理ないですって……ですから、顔を上げて下さい。そういうの、慣れてなくて。私は頭を下げられるような凄い人じゃないので」
と、言えば村長は涙目になりながら頭を下げたまま震える声で言う。
私は、こんな風に誰かから謝られるような人間ではない。だから、そんな風に頭を下げられるとどう反応すれば良いか分からないのだ。
「ほんと大丈夫なので。それに、私は魔物を退治するために来ただけですから」
「何とありがたきお言葉……聖女様、よろしければ名前を教えてはくれませんか?」
そう言ってようやく頭を上げた村長に名前を聞かれ、私は咄嗟に自分の名を言った。
「え、エトワール・ヴィアラッテアです」
「エトワール様ですか。いい名前ですね……貴方様の星のように輝く髪のように美しい名前です」
「あ、ありがとうございます」
お世辞だったのか、機嫌取りだったのかは定かではなかったがいきなり褒められて私は、どう反応を返せば良いか分からなかったため、取り敢えずはお礼を言いぺこりと頭を下げた。
そして、村長のいった星のように輝く髪……改めてエトワールの名前について考えてみることにした。といっても、何処かで拾った知識のためあっているか分からないが……
(確か、エトワールの名前って星っていう意味だった気がする……だから、村長はそういう意も込めて褒めてくれたんだよね……)
と、私は納得しつつ村長を見た。村長は私に微笑みかけていたが、顔色は良くなく、聖女が来たからと言って安心しているというわけではないようだった。まあ、そうだろう。これだけ村が酷い目に遭っているのだから。
聖女として出来ることはしようと私は心に誓いもう一度お辞儀をした。
「殿下と聖女様がいれば安心です。宿屋も被害に遭わず残っているのは少なく、お二人方や騎士様が泊らせられるほどではありませし、もてなすことも出来ません……」
「いえ、気にしないで下さい。私は、野宿でも大丈夫ですので」
と、言えばリースは驚いた顔をして私を見てきた。
何か変なことを言っただろうか?
「エトワール、お前は聖女なんだ。野宿などしてヘウンデウン教に狙われたらどうする」
「それは……そ、そうだよね。他の人も気が休まらないもんね、見張りとか。私もリースも安心して眠れないし」
と、私が言えばリースは申し訳なさそうな顔をしながら俯いた。きっと、自分が何も出来ないからだとか思っているのだろう。
でも、野宿でもいいって思ったのは本当だし、こんな大変な時期に来てしまって、いや調査を依頼してきたのはこの村なのだろうけど、それでもこんな状態で宿屋をかす……何てことが現実的に可能なのだろうかと思ってしまったのだ。
それに、私は聖女だ。こんな時こそ頑張らないと。
「エトワール様、無理だけはしないで下さい」
「分かてるって。大丈夫だよ、グランツ」
「……それなら、良いですけど」
飼い主を心配する子犬のようにグランツは私を見ていた。
大変なときこそ力を合わせよう!と私は笑顔をグランツに向けると、彼は少し頬を赤らめて視線を下へ落とした。そんなグランツの頭を私はワシャワシャと撫でてあげる。亜麻色の癖っ毛はふわふわとしていて、触り心地が良かった。例えるならポメラニアン。
「え、エトワール様」
「あはは、ごめんね。つい、弟みたいで可愛くて」
「弟……」
そう呟いたグランツは何処か寂しそうだったが、私は気にせず彼の頭をなで続けた。勿論、弟なんていないし兄妹はいなかった。だからこそ、年下の子を見ると少し甘やかしたいというか、年上には甘えたいし甘やかされたいけど恥ずかしいみたいな気持ちはある。でも、二次元限定だと思っていた。
(癒やされる~)
グランツは抵抗なんてしないから、私は暫くなで続けていた。すると、村長さんが遠慮がちに声をかけてくる。
村長さんの方を見れば、何とも言えない表情をしていた。
「エトワール、調査に向かうぞ」
と、リースの少し低い怒ったような声が響き、私はハッと我に返った。
私がグランツに構っている間に、他の人達は準備を進めておりリースだけが私を待っていてくれているような状況だった。
騎士達は別に何とも思っていないようだったが、グランツの主である私が、自分の評価を下げるとグランツの評価まで下がることを思い出し、慌ててリースの方を向いた。彼は、やはり少し怒っているような表情を浮べており何というか凄く怖かった。
「仲がいいんだな」
「ま、まあ……私の騎士だから」
「そうか」
そう、素っ気なく返しリースは身を翻し歩き始めた。私は、そんな彼の寂しい背中を見て胸が締め付けられる思いになった。
(また、やっちゃった……かも)
何が悪かったのか自分では分からないが、リースの機嫌を損ねてしまったことだけはわかり、私は彼を呼び止める勢いでリースの後を追った。
この先、危険な調査に向かうということは完全に頭から抜けていた。