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文化祭まで、あと二週間。
準備は佳境に入っていた。
装飾の材料が届き、ステージ発表のリハーサルも始まり、校舎全体がどこか浮き足立った空気に包まれていた。
仁人と太智は、文化祭実行委員として、廊下を走り回る日々を過ごしていた。
「……あれ? 吉田たち、また教室で作業?」
「うん。カフェの内装、照明つけ直したいって意見が出て」
「うち、工具持ってくるわ。倉庫から取ってくるから、仁人は準備進めといてな!」
「ありがと、太智くん。気をつけてね」
──ごく自然に、そうして互いに頼り合うことが当たり前になっていた。
太智は自分でも驚くほど素直に仁人を気にかけていた。 どこにいても、何をしていても、無意識に目で探している。 「じんちゃん」と呼ぶとき、心のどこかが温かくなる。
(今の仁人が、昔の“じんちゃん”と重なってきてる)
それは、思い出の延長ではなく、 “今ここにいる吉田仁人”に確かに心が惹かれていたから
けれどその隣には、もう一人勇斗の存在があった。
特進クラスでありながら、合間をぬって顔を出しては、時折手伝いに来てくれる。
そのたびに、太智の心に、チクリとした感情が走る。
──放課後、特進棟の資料室。
「ねえ、仁人。今、時間ある?」
「……うん。あと少しで作業終わるから、その後なら」
勇斗は、彼の肩越しにそっとのぞきこんだ。
「頑張ってるね。アリス、楽しみにしてるよ」
「……も、もう、揶揄わないでよ」
「本気なんだけどな。……あの衣装のまま、俺のクラスの手伝いもしてくれない?」
「む、無理だよ……!」
仁人は笑ってはぐらかす。
でも勇斗の目は真剣で、そこに浮かぶ微かな寂しさに、仁人も気づいていた。
「仁人、俺……太智のこと、ちょっとだけ羨ましいよ」
「……え?」
「一緒のクラスで、毎日隣にいて、自然に笑い合って……ずるいなって思う」
仁人の胸が、少し痛くなった。
言葉を選ぶ勇斗の表情は、普段の快活さとはまるで違っていた。
「俺が、お前の隣にいたかったなって……」
静かに告げられたその言葉が、仁人の胸の奥に沈んでいった。
──その夜、寮の部屋。
太智は、じっとノートを見つめたまま、筆を止めていた。
「……仁人」
「なに?」
「今日、はやちゃんと何の話してたん?」
「えっ……」
「別に、変な意味やないねん。ただ……うちはちょっと、気になるだけで」
仁人は、太智の表情がいつもと違うことに気づいた。
「……何も、変な話はしてないよ。ただ、勇斗……僕のことを、違う角度で見てくれてるみたいで」
「……ふーん」
ぽそっとつぶやく太智の声には、言葉にできない感情が滲んでいた。
(こんなん、嫉妬ってやつなんかな)
太智は、知らず知らずのうちに、心の中で拳を握っていた。
「……うちは、ずっと隣にいるのにな」
その言葉に、仁人ははっとした。
けれど、それ以上何も言えなかった。
ただ、机の上に並ぶスケジュール表と資料たちが、二人の間の静けさを埋め尽くしていった。
“そばにいる”ということは、
必ずしも“気持ちが伝わっている”ということとは違う。
その夜、二人の距離は、少しだけ遠くなったような気がした。