【ウイルス】ゼラニウム
それが私のせいなのか、あるいは必然的なものだったのか、真相は定かではないが一つ言える事はある。地球はこうならなければいけない運命だった、と。私は頭がイカレているのかもしれない。学校でもよく、「何考えてるのかわからない」と言われていたから。でも何を考えているのか分かってしまう方が寧ろ珍しいのでは…?と思ってみたり、逆に何を考えているのか分からない方が得なのでは?と思ってみたりしていた。だから3年前からずっと練っていたこの計画は誰にも怪しまれずに進められたのだと思う。
小学校を卒業する時、あれは確か卒業式の日か写真撮影の日だった。朝起きるといつも通りリビングがめちゃくちゃで、私は落ちている画鋲を拾いながらママに呼びかけた。「ねえママ、今日は10時から受付が始まるからそのあたりに来てね。」でも返事はなかった。いつもならソファで寝転んで居るはずなのに、そこに姿もなかった。「ママ……?」曽祖父が建てたこの家は3階建てで、1階はお客さん用、2階にリビング、3階に寝室となっている。そのため。返事がないということはもう仕事に行った、あるいは別な階にいると考えられた。でもその日は何故か寝れなくて私は5時半に起きていた。絶対にパパとママは家にいるはずなのだ。「ねえ!ママ!!」ソファの下からトイレまで、1階から3階の昇り降りを繰り返して声をかけ続けた。でもやはり返事はなかった。その時私は泣くでもなく、焦るでもなく、ただ淡々と学校に電話をかけた。「…………もしもし。6年3組の紫雲陽凪です。朝早くにすみません。今日の卒業式なんですけど、親が……急用ができたみたいで、私も行かなければいけなくなったんです。……はい。そうです。ありがとうございます。それでは失礼します。」学校の先生は、私の家庭事情を察していたみたいで、余計なことは言わず、卒業式欠席を許してくれた。そこから私は母を探し始めた。と言ってもその過程はものの30秒ほどで終了した。一旦外に出てみようと思いドアを開けた瞬間、血溜まりから、それが続いているところを発見してしまったのだ。皮はご丁寧に筋肉あたりまで裂かれていて、骨が剥き出しのところもあった。そして部位ごとに分かれて入口付近に並べてあった。まるで、家から出た人に向かって ウェルカム と言っているような、そんな感じであった。私は極めて冷静な性格をしていたため、それを見ても涙を流すということはなく、ただ、激しい怒りのみを抱きながら、微笑んだ。もう原型をとどめてはいなかったのだが、細くて高い鼻と、すらっとした指から、この身体が母のものであると分かった。13歳にしては少しばかり?いや、相当刺激が強かっただろう。けれど私はあまり動揺しなかった。恐らく父からの遺伝なのだろう。私の知っている中で母に憎い思いを持っている、尚且つこんなことにして楽しめる人はただ一人しか思い当たらなかった。何を思ったのか、私は無心でそこら中に散らばった母の血を集めてペットボトルに入れていった。もしかしたら泣いていたかもしれない。その時の記憶は全くないが、何時間か経ち、顔がぐしゃぐしゃで目の前に赤く染まったペットボトルが10本ほど置いてあることに気がついたのだった。そこからも記憶は曖昧である。近くに住んでいた人が私が血を集めているところを警察に通報し、事情聴取された。『家の前にあった遺体は、紫雲凪菜さんで間違いありません。紫雲凪菜さんは、あなたのお母さんですね?』「はい。」私が覚えているのはこの会話のみだ。あとは色々メディアにネタとして利用されて、一躍有名人となり、遠く離れた叔母(母の姉)に預けられた。「大変だったね、でももう安心してね。ここは安全だし、心配することもなにもないからね。」叔母さんはそう言ってくれたが、特に心配していることも大変だと思うこともなかったため、私は頷くだけ頷いていた。叔母さんはとてもとても気遣い、私の身の回りを完璧に整えてくれた。部屋はどんなのがいい?と聞かれ、白い部屋がいいというと、30畳くらいの真っ白な部屋を用意してくれた。さすがにこれには驚いたけれどそれだけではなかった。前にテレビで自動で掃除してくれる人型ロボットが紹介されていてそれを見入っていたところを叔母さんに見られていたのだろう。『こんにちは☺️私はクリアです。陽凪さん、掃除して欲しい時は「クリア、掃除して」とお申し付けください。』正面に立った瞬間にこんなことを言われたのだからもう腰を抜かした。更にベッドは特注の全て真っ白で汚れがつくと瞬時に消してくれるという最新のシステム搭載の上、学習机も真っ白で机の表面がタッチパネルにもなるという優れものまで用意してもらった。白は参考程度に言ってみただけだったのに、こんなにしてもらってなんと言ったらいいのか分からなかった。お世辞にも経済的に裕福とは言えないし、どこでこんなものを揃えてきたのか若干不安であったが、私にとってそれは些細なことに過ぎなかった。毎日毎日机の上で五十音を書き続けた。たまに計算もしたりした。勉強は掃除ロボットのクリアが教えてくれるからそこそこ分かるようになったけれど、やっぱり五十音順で並べた時、なんで最後が「ん」になるのこ分からなかった。だから1番最初から言ったり書いたりしていたのだけれど、そうするとますます分からなくなってきて、しょっちゅうショートしていた。それを見兼ねた叔母さんは、ありがた迷惑もいいところだが、精神科に連絡していた。後日面談があり、せっかくのチャンスだと思い思い切って質問してみたけれど、五十音の最後が「ん」になる謎は解決しなかった。外で話しているのが聞こえた。「やはりあの事件の後遺症といいますか、そういうものが残っていると考えられます。これは前向きに治療を検討した方が良いと思います。」叔母さんにそれは嫌だと言えば賛成してくれると思っていたから、ちゃんと言った。「治療はしたくない。」私の予想通り、叔母さんは同情してくれた。「そうよね、私は凪ちゃんが嫌だって言うならやらなくていいと思うわ。」けれど、それは上辺だけの言葉だった。翌日にまた同じ場所に連れていかれ、子供用の小さい子達が戯れている動画を見せられた。感想は?と聞かれたから「……惨い。(むごい)」と言ったら、また同じ動画を見せられた。何回みたって同じだ。たかがおやつごときでこんなに労力を使うなんて信じられない。白衣を着たおじさんは微笑んで、今度は別な動画を見せてきた。それは動物達が水遊びをする動画だった。「これは、どう思うかな?」おじさんの問いかけに思わず「楽しそう。」と呟いた。するとその白衣のおじさんは急に形相を変えて部屋を飛び出した。なんでだろう。少し考えてみた。ああ、そうか。もしかしたらこのお互いにかけあってる液体は血液なのかもしれない。私には澄みきった濁りのない赤い液体に見えたけれど、もしかしたら、殴り合いの様子でもあるのかもしれない。母の血を集めていたからか、もう赤い液体は美しいものにしか見えなくなっていた。
家に戻ると叔母さんが真剣な顔で言ってきた。「凪ちゃん、明日から別な場所に行くことになるの。嫌かもしれないけどごめんね、1ヶ月もすれば戻ってこれるから。」「どこに行くの?」「…………病院よ。」私は急いで叔母さん家を飛び出した。白は好きだけれどあの白は嫌いだ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。叔母さんが追いかけてこなくなったことを確認して私は家の中に入った。元いた3階建ての我が家。あのウェルカムの死体が思い出される。あぁ、なんだかとても心地いい。「ただいま、ママ。」
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