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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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着飾った美女達が、謁見の間を埋め尽くすばかりに群れている。


その光景に、ハッサンは凛とした眉を吊り上げた。


「ああ、もう消してくれ」


「おやおや、あなた様が、望まれたのですよ」


ハッサンが座る真珠で装飾された椅子の脇で、女魔法使いのザーハは、あっけらかんと言い放つ。


「私が、いつ望んだ?」


「まあぁ!ザーハを相手にするより、王宮のハーレームに詰める女を相手にしたいものだと、願ったではありませんか」


「願った?!私は、サルタンだぞ。お前に頼らなくとも、女に欠いてはいない!」


願ったのではなく、売り言葉に買い言葉で、お前が言わせたのだろう!


喉元まで出てきた罵りの言葉を、ハッサンは、ぐっと飲み込んだ。


仮にも、自分はサルタンと呼ばれる身。 古代信仰の最高僧、カリフから、三代に渡って、この地域の自治を任されているおさなのだ。


亡き父の跡を十五で継いで、すでに、八年。女相手に、むきになる歳でもないだろう。


なにより、群れる美女達が、こちらを気にかけている。


女達は、何故ここにいるのか分からないと、ざわめいていた。


魔法によって、知らぬ間に住家である王宮の奥から連れてこられたのだ、当然だろう。


そして、姿を見せていないだけで、衝立やら、帳やらの裏には、ハッサン専属の召使達が控えている。


そう、ここにいるのは、美女達だけではない。


長としての威厳を守らなければ。


ふん。と鼻をならし、ハッサンは右手を振った。


その仕草に、ザーハは、うっとおしそうに魔法の杖を振る。


たちまち、ぱっと、女達は消え、がらんとした広間が戻ってきた。


「お次のお望みは?」


ザーハは、すましこむ。それが、魔法使いの義務だと言いたげに。


ともかく、仕える者の望みを叶えるという使命が、流れる血にしっかり刻み混まれているようで、ザーハは、次から次へとハッサンへ望みを問うてきた。


持つ魔法の杖先が、小刻みに揺れている。さっさと望みを言えと催促だろう。


「お前だ」


ハッサンの中に戯れ心が沸き起こった。


「おや?私?」


「望みはなんでも叶えると、誓ったろう?」





あれは三日前。


ハッサンは、シーマと呼ばれる、いかがわしい自由市場を探索していた。


共を数人付けただけ、いわゆるお忍び。つい気が緩み、足を踏み入れるのもためらわれる場所へ行ったのだった。


「一度こすれば、曇りがとれて、二度こすれば、願いが叶う」


なにやら、奇妙な口上が流れてきた。


耳を澄ませ、声をたどって行くと、路地裏で老人が商っている。


肌に塗る香油を入れた容器をずらりと並べ、


「どうです?願いが叶いますよ」


と、ハッサンに勧めてきた。


一瞬、銀で出来ているのかと思ったが、なんのことはない、型抜きされた真鍮製の安っぽい品物だった。


「まあ、見かけは、ぱっとしませんがね。ですが、すべて魔法使いが宿っておるのです」


まるで、おとぎ話だと、ハッサンは老人を呆れ見る。


が、そんな視線に憶する事なく、老人は香油入れを差し出してきた。


「はい。銀貨二枚ね」


結局、口車に乗せられたハッサンは 無駄な買い物をしてしまう。


そして、屋敷に戻り、なにげに香油入れをこすってみると……。


細く尖った注ぎ口から、もくもくと煙が吹き出した。


続いて、踊り子のように幾重にも腕輪を重ね、霞みのように消え入りそうな目の混んだベールを被る女が現れた。


ハッサンは、目を疑う。


ターバンを巻いた筋肉隆々の魔人が現れたのなら、それなり納得できる。


が、女。


まあ、絶世の美女とは言いがたいが、少しカールした黒髪を垂らす、どこか愛嬌のある娘だった。


しかし、現れたザーハと名乗る女魔法使いに、ハッサンが見惚れたのはつかの間のことで、 執務時間の目安に使っている砂時計を、召使が一、二度返した頃には、互いに親の敵を見つけたかのよう罵りあっていた。


ザーハの天性の人懐っこさと言うべきか、あけすけさと言うべきか、要は、その口の悪さが、ハッサンの気を逆撫でたのだ──。





「さてさて、私と言われましても」


ハッサンの望みに、ザーハは首を傾げている。


「お前といれば、飽きないからな」


「なるほど。それは、当然のことですわ」


ザーハは、魔法の杖をちらりと見た。


杖があれば、なんでも叶う。面白おかしく暮らせて行ける。


でも──。


香油入れを買った時点で、ザーハは、ハッサンのもの。あえて、お前が欲しいと願う事もないだろう。


「ああ!あなた様は、この魔法の杖が欲しいのですね。ですが、私がおらねば、使う事は出来ないから……」


「違う。違う。お前だよ。美女と三日いると飽きると言われているだろう?だが、気がついた。お前には、その心配がないとね」


してやったりと、ハッサンは、ザーハを見た。


「まぁっ!」


「ああ、それから香油入れは始末した。お前が他の者に取られないようにな」


これで、逃げ場所を失ったと、悔しがるザーハの姿が見れる。ハッサンはご機嫌だった。


ところが。


「あらまあまあ、それは困ったわ」


言って、ザーハはくすりと笑う。


「困る事はない。私の妻になれば、住みかでもある香油入れが無くとも 快適に過ごせるのだから」


ハッサンは、ギョッとする。


妻?!今、自分がそう言った。


口が滑ったと言うより、なぜ、そんな事を言ったのかと、ハッサンは焦りきる。


「まあ!魔法の杖って、相当な威力なのね。願い事がすぐ叶うなんて!」


すかさず喜ぶザーハに、ハッサンは、仕組まれたのだと気がついた。


「なっ!お、お前、自分のために魔法を使ったか!」


ザーハには、ハッサンの怒りは通じてないようで、いけないかしら?と、上目使いの視線を送ってくれる。


同時に、わらわらと召使達が現れて、口々に祝いの言葉を述べ始めた。


立ち聞きしていたかと一喝してやりたいのは山々。 が、ハッサンは、受ける祝辞に、なぜか心地よさを感じるのだった。

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