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学校が、異常に静かだった。
それは、外の音が消えたからじゃない**。**
“私の中”から、音がしなくなったからだ。
朝、教室の扉を開ける。
みんな、私を見ない。でも、私の存在は確実に空気を揺らしている。
(わかってる。これは全部、私のせい)
そう思っても、何を謝ればいいのか、わからなかった。
誰に何を返せば、許されるのかも。
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ふと机の上に、“ノートの切れ端”が置かれていた。
誰の筆跡でもないような、雑な文字で、こう書いてあった。
「次はあなたの番だって、ずっと思ってた」
「やっと壊れるのを見れて、正直スッキリした」
「でも、怖いのはここからだよ」
「“自分”に壊されるって、一番きついから」
その紙を握りしめた瞬間、息が詰まった。
心臓が潰れそうだった。
(私を壊しているのは、もう誰でもない)
(“私自身”が、私を殺しにきてる)
⸻
気がつくと、裏庭にいた。
何度も、誰かを沈めた場所。
何もないのに、すべてを失える場所。
私は一人でそこに座り、空を見上げていた。
「……ねえ、ゆいちゃん」
声が聞こえた。
振り向いても、誰もいない。
でも、確かに“あの声”だった。
玲那の声。
村瀬の声。
椎名の声。
茅野の声。
いや、それはたぶん――
私の中に残っていた“声”だった。
⸻
西園寺が、気づけば傍に立っていた。
夕焼けに照らされた顔は、いつもと変わらず笑っていた。
「やっぱりここに来たね」
私は、言葉を失っていた。
目を合わせることもできない。
「空気はさ、人を持ち上げもするし、溺れさせもする。
君は、ずっと“空気を制してる”つもりだった。
でも本当は……」
「わかってる」
やっと出た声は、かすれていた。
「私は、空気に溺れてただけ。
みんなを沈めて、自分が浮いてるつもりで――
最初からずっと……落ちてたんだ」
西園寺は一歩だけ近づいて、目を細めた。
「うん。
でもそれに気づけただけ、君はまだ“人間”だよ」
「それ、慰め?」
「違うよ。観察結果」
私は笑った。初めて、自然に笑えた気がした。
でもそれは、どこか死んだ笑いだった。
⸻
数日後。
学校から、片倉結惟の姿は消えていた。
誰も、彼女がどうなったかは語らない。
教師も、生徒も、SNSさえも、沈黙していた。
彼女の席には、ただ静かに風が通っていた。
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そして放課後。
教室の窓際に立つひとりの生徒――西園寺。
彼は静かに笑っていた。
誰にも気づかれず、
誰の記憶にも強く残らず、
けれど、すべてを“観察していた”存在。
「ねえ、知ってる?
空気って、誰のものでもない。
でも……たまに、“ひとつの意志”になるんだよ」
そう呟いて、彼は教室を出ていった。
風が、彼の通った跡にだけ、微かに揺れていた。
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『感情を殺した日』
✦ 御愛読ありがとうございました ✦
ここまで『感情を殺した日』を読んでくださった皆様、
本当にありがとうございました。
これは、ひとりの少女が“空気”を支配しようとし、
その“空気”に呑まれていくまでの物語でした。
ですが――
すべては、これで終わりではありません。
番外編予告 ✦
第26話・第27話「空気の正体」
この物語の裏側で、
“ただ静かに見ていただけの男”――西園寺。
そして、結惟の記憶からも排除されていた少女――茅野瑠海。
彼らが見ていた世界、
語られなかった視線、
そして“なぜすべてがこうなったのか”。
本編では語られなかった、
**「もう一つの真実」**を描きます。
それではまた、
空気の奥底で会いましょう。
ありがとうございました。