惑星アード。ティナ達が再び地球へ旅立って数日が経過した。約束通りティアンナは二日おきくらいに姉を訪ねており、短い時間ではあるが姉妹水入らずの時間を過ごしていた。 セレスティナ女王は妹の来訪を歓迎し、今ではお気に入りの花畑の中心にテーブルと椅子を用意している。女王は大半の民が栄養スティックを食べている現状を憂い、趣向品としての意味合いが強い生鮮食品を口にせず自らも栄養スティックのみを口にしていた。
そんな彼女の姿勢を尊敬しつつ、だが変えてみようと妹のティアンナが考えるのは必然とも言えた。
「まあ、これは?」
「地球の食べ物で、缶詰と呼ばれる保存食の一種なの。保存食と言っても侮れないわよ。少なくとも、地球の食文化はアードより遥かに多種多様で進んでいるわ」
「保存食、ですか?」
セレスティナは皿に盛られた料理の数々を見つめる。今回ティアンナが持ってきたのは、サンマの蒲焼きの缶詰とクッキーの缶詰である。アード人にとって魚は身近な食材であり、栄養スティックが普及するまでアード人の主食は魚介類であった。
海洋惑星であり陸地面積が地球の半分も無いアードでは大規模な農耕や畜産は発展が難しく、代わりに豊富な海洋資源を用いた養殖技術が発展した経緯がある。そのため今も時折口直しとして焼き魚を食べる風習は残されている。栄養スティックを食べれば必要な栄養を全て摂取できるが、無味無臭のため口直しが必要である。とはいえ、地球のように多彩な調味料も存在しないので基本的には塩焼きである。
そんな中で醤油ベースの味付けがしっかりと為された蒲焼きの香りは、セレスティナ女王としても未知の体験である。
「地球の魚ですか?」
「ええ、アードに似た形をしているでしょう?それに、姉様は魚料理が好きだった筈だから選んでみたの。食べてみて、美味しいから」
「分かりました。せっかく貴女が持って来てくれたのですから」
セレスティナは用意されたフォークを使って優雅な作法で切り身を口にした。醤油ベースの濃厚な味わいと良く解された柔らかい魚肉に彼女は目を細め、静かに味わう。ゆっくりと咀嚼し、妹へ笑みを向ける。
「不思議な味わいです。ですが、美味しいと思いますよ」
「でしょう?少なくとも栄養スティックよりずっと美味しいわよ」
「それは間違いありませんね」
無味無臭の栄養スティックにフレーバーを加えて味覚を満足させる。アードでも何度か議論されたことがあることではあるが、コストの問題から棚上げされてきたのだ。無償で配布されている以上、味に文句を言うのも憚られたと言う面もあるが。
「食事を楽しむ、私達が久しく失っていた感情ですね」
「一部の富裕層じゃ今も出来ているけれど、大半の民は栄養スティックを食べるだけ。そこに楽しみはないわね。
確かに栄養補給と言う面から言えば、地球の食べ物を口にするのは無駄が多いわ。けれど、満足感や幸福を感じることが出来る。精神衛生の観点から見ても無視は出来ない」
「心も豊かに、と言うことですね」
「そうよ、姉様。アリアが収集したデータを見る限り、地球の食料生産力は過大。一部の地域に消費が集中していて、破棄されるものも膨大よ」
「本来廃棄されるはずだった食料品をアードへ輸出すれば、地球としても利があると」
セレスティナ女王は妹に勧められて缶詰のビスケットを口にした。とても保存食とは思えないサクサクした食感に女王も頬を緩める。
「不思議な食感ですね。サクサクしていて、そして甘味があります」
「これはビスケット、お菓子の一種よ。穀物を粉末にして捏ねて砂糖を混ぜたものね」
「お菓子と言うと、嗜好品の一種なのですね」
「そうなるわね。少なくとも地球は嗜好品に使うくらい穀物生産に余裕があるのよ。せいぜい木の実を加工したものしかない私達からすれば信じられない食料生産力だわ」
女王は妹の話に耳を傾けながら地球の料理を楽しんだ。特にビスケットは女王も気に入った様子である。
「このビスケットなるお菓子は、お茶に合いそうですね」
「所謂お茶請けね。地球にも植物の葉からお茶を作る文化があるみたいだし、お茶に合わせたお茶菓子なるものまで生産されているわ」
「まあ、お茶に合わせたお菓子まであるのですか」
「少なくともアードより食料には困らなかったんじゃない? それに、アードからの技術供与があれば地球の生産力は数十倍にまで跳ね上がる試算もあるし、うちと交流を本格化して交易が活発化しても地球側にデメリットは無いわね。そして、これからが本題。私達の食生活を豊かにする以上のメリットがあるわ。姉様も“見て”いたでしょう?」
「流石に妹の情事を覗き見るのは憚られます」
「そう言う意味じゃないわよ!」
珍しく頬を赤らめる妹を見てセレスティナは笑みを浮かべる。姉の反応を見て、セレスティナが珍しく冗談を言ったのだと理解したティアンナは咳払いをしつつ話を続けた。
「コホンッ!……言うまでもないけど、地球の食べ物には私達一族が長年悩んでいた問題を解決する効果が確認されたわ。一体何が要因なのか、今はまだ成分を調べているところよ。ティナが持ち帰った食べ物は種類もそこまで多くないから、そこまで時間は掛からないと思う」
「調査は貴女に任せるしかありませんが、新たな命の誕生は喜ばしいことです。個人的には新たに産まれた姪っ子に会いたいのですが」
「今度ティルも連れてくるから安心しなさい。ティドルも順調に回復しているから、その時は連れてくるわ」
「それは楽しみです。ティドルの容態は?」
「手当てが早かったから、問題はないわよ。女王陛下の御心を悩ませてしまったと恐縮しているわ」
「私は女王である前にティアンナの姉であり、ティドルの義姉です。気楽にして欲しいのですが」
「ふふっ、真面目なティドルじゃ無理な話よ」
二人はしばらく地球の食べ物を満喫しながら姉妹水入らずの時間を楽しんだ。
パトラウス政務局長とザッカル宇宙開発局長は、地球との交流を強力に後押しするため、セレスティナ女王へ地球の産物を献上する事を計画。状況を見つつ周囲に露見しないよう慎重に準備を進めていた。しかし、妹のティアンナが気紛れで地球の食べ物を持ち込んでセレスティナと姉妹で堪能したと聞き、計画とこれまでの苦労が全て台無しとなり激しい胃痛に悩まされることになった。
……この母にして娘あり、である。南無。
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