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ゴゴゴゴゴ……。
祭壇の奥の壁が裂ける音が、洞窟に低く響き渡った。
濃い瘴気が漏れ出して、鼻を突くような腐臭が立ちこめる。
あー、これ……嫌な予感しかしない。
まためんどくさいのが来るパターンだわ。
私はため息をつきながら状況を見回した。
岩壁にヒビが走って、天井の鍾乳石がポタポタと水滴を落としている。
ズシン、ズシン……。
重い足音が近づいてくる。
何だか知らないけど、絶対ろくでもないやつだ。
「……ほう……懐かしい気配がするな……」
謎の重低音が響き、思わず寒気がした。
私の両手にはめたユズリハの籠手がピリピリと震え、
金色の文様が光を強めている。
隣にいる辰夫も、竜の目を見開いて鋭く身構えていた。
闇の中から、赤い目玉が二つ、ギラリと浮かび上がる。
ズズズズズ……ッ!!
その巨体が姿を現した瞬間、洞窟の空気が重くなった。
さっきまでのヤツらとは次元が違う。
(あ、これ無理だ。……逃げたい)
思わず後ずさりしそうになる。
横を見ると、あの辰夫ですら全身から滝のような冷や汗を噴き出し、牙の根をガチガチと鳴らして本能的に震えていた。
「千年……腐り、朽ち、灰となっても……怨念は消えぬ……
ユズリハァァ……我が名を忘れたとは言わせんぞ!」
『……グラドゥルス!!』
あー、知り合いなのか。
ユズリハの声が震えている。
千年の憎悪と動揺がごちゃ混ぜになったような、ひどく切実な響きだった。
「……まさか……! 千年前、ユズリハ様が討った魔神族の将……!」
辰夫が驚愕の声を漏らす。
ふーん、千年前からの因縁の相手ね。
まぁ知らん!!
「我が名はグラドゥルス! 千年を経てなおこの因縁、ここで果たす!」
「名前長いね。“グラ男(ぐらお)”でいいわ」
私は適当に相槌を打った。
「な、なにっ!?」
魔神族が信じられないものを見る目で固まる。
『サクちゃん!? 因縁の重みを一瞬で茶化すんじゃない!』
腕の中でユズリハが慌ててツッコんだ。
「我の名前と似てますが、同じノリですか……?」
辰夫の声が震える。
「ふ、不敬! グラ男とは何だァァ!! ま、まぁいい……ユズリハ! 今こそ……あの時の恨みを……!」
『フン……! 何度でも封印してあげるわよ!』
「って、ユズリハ!? ……貴様! 籠手だけではないか!?」
『うっさい!! 女には色々あんのよ!!』
洞窟全体が瘴気で揺れて、圧迫感がどんどん強くなっている。
みんな緊張しているけど……。
私は名案をひらめいた。
「ユズリハ、ちょっと両方の籠手を外すわ」
私は声を潜めて囁いた。
『えっ!? サクちゃん!? 因縁の会話の真っ最中なんだけど!?』
ユズリハも慌ててヒソヒソ声で返してくる。
「大丈夫大丈夫、ユズリハはおとりで喋っといて」
私は小声で言い放ち、ゴトン、ゴトンと両腕の籠手を地面に置いた。
軽くなった両手をぶらぶら振りながら、身を低くしてこっそりと移動を開始する。
『ちょっ……ちょっと!? 置いていくの!? ……って、おとりって言ったぁぁ!!?』
地面に置かれた籠手から、押し殺したような悲鳴が上がった。
あはは、バレちゃった。
でももう遅い。私は既に回り込みルートを辿っている。
「むぅ……これはサクラ殿の異次元殺法の予感……」
辰夫がボソッと呟いた。お、辰夫はさすがに察しがいいな。
よしよし、グラ男にはバレてない。
……あんなにデカい声で喋ってたのになんでバレないのかは知らん。
都合いいからヨシ。今のうちに穴掘っとこ。
私はグラドゥルスの背後に忍び寄ると、鉱物化スキルで両手を変形させ、地面をガリガリと削る。
「ふはは! 因縁を語るこの時を千年待ったぞ!」
『そ、そうね! 千年前の……あれとかそれとか……!』
ユズリハが必死に話を合わせている。
「ん? なんか後ろでガリガリ音がしたような……?」
グラ男が怪訝そうに首をひねり、背後へ振り向こうとした。
『ど、どどどどどこを見てる! 私はここよ! グラドゥルス!!』
地面の籠手が、見えない目を激しく泳がせるような必死の形相で声を張り上げた。
地面に落ちた籠手が、必死に時間稼ぎをしてくれている。
……落とし穴、完成。
(よーし、準備完了!)
私はほくそ笑む。
「宿命を背負う者として──さあ語ろう! 千年前、我が牙で──」
今だ!
一瞬の間。
私は魔神族の死角に立ち、その後頭部の付け根へと完璧に狙いを定めた。
「グラ男、長いッ!」
ドゴォォ!
私は跳躍し、魔神族の後頭部に渾身の右ストレートを叩き込んだ。
「ぐはっ!? 話の途中に後頭部に激痛ィィ!!」
「からのー? 不意打ち☆バックドロォォップ!!」
私は一気にグラドゥルスの背後に飛び掛かり、その巨体を抱え上げた。
「千年前、我が牙──でェェェェ!?」
次の瞬間──。
そのままの勢いで後頭部から地面に叩きつけ、手作りの落とし穴にズボォォッと落とし込んだ。
ズドォォォォン!!
「ぐはぁッ!! まだ言ってる途中ィィ!!」
「千年?知らん!」
私はキラリと輝く汗を拭った。
「因縁がァァ!? まだ名乗りが終わってない!!」
「よし! 落ちたぞ辰夫!」
私は辰夫に来い来いと腕を振る。
「御意!」
辰夫がダッシュしてきて──
ドゴォォォォォッ!!
間髪入れずに黒炎のブレスを穴の中に注ぎ込む。
土砂が崩れ、漆黒の炎と一緒にグラドゥルスを覆い尽くした。
辰夫とはずっと行動を共にしている。息はピッタリだ。
「熱い! 熱いぞ竜王!」
深い穴の底から、グラ男の悲痛な叫びが響いてくる。
「申し訳ございません」
辰夫が丁寧にお辞儀しながら黒炎を吐き続ける。
「謝るなら手を止めろ!」
「申し訳ございません」
……元気だな、まだ。
「よし! 埋めろ埋めろ! 完全にフタしちゃえ!」
「申し訳ございません」
ザザザザザッ……!
私と辰夫で、せっせと穴に土を蹴り入れて埋めていく。
「正義は勝った方が名乗る。フタは閉めた方が勝ち」
「ちょっと待て! 埋めるな! 話を聞け!」
穴の底から、必死の命乞いが聞こえてくる。
「はーい聞こえなーい☆」
「聞こえてるだろう!? せめて因縁だけでも語らせろ!」
「……哀れですな」
辰夫が同情の眼差しを向ける。
「同情するなら手を止めろ竜王!」
「申し訳ございません」
辰夫はさらに土を盛った。
「我の名はグラ──ぐぼっ!」
言いかけたグラ男の口の中に土砂が見事にクリーンヒットし、言葉が強制的に遮断された。
「勝ったやつが歴史。埋めたやつが正解。覚えとけ」
崩れた岩と土が流れ込んで、穴は完全に塞がれる。
「むがー! むがががー!」
地中深くから、完全に埋まったくぐもった音だけが虚しく響いてきた。
「はい! これで因縁終了☆ ご飯にしよ。ご飯」
私は手をパンパンと払った。
『ちょ、ちょっと! 姑息すぎない!?
因縁ってもっとこう……一騎打ちとか正々堂々とか!』
地面の籠手がドン引きしている。
「バッカだなぁ。卑怯?
命の奪い合いしてんだろ?
勝った方がルールなんだよぉ!!
ゲラゲラゲラ!!」
私は大口を開けて高笑いした。
『ヒロインの笑い方じゃないぃぃ!』
「因縁が……サクラ殿の理論に塗り潰されてゆく……!」
ユズリハと辰夫が怯えていた。
でも、そんな平和な時間は長く続かなかった。
埋めた穴の奥から、微かに……何かが蠢く気配がした。
「……あれ、動いてる?」
私は地面に視線を移し、首を傾げた。
『まぁ埋まったくらいで死ぬやつじゃないわよ……』
「まあいっか。次はフタを厚くしよ」
(つづく)
◇◇◇
──【今週のサクラさん語録】──
『勝ったやつが歴史。埋めたやつが正解。覚えとけ』
解説:
理想や誇りで腹は満たされない。
サクラはそれを知っている。
だから彼女は、迷わず埋める。
サクラ「私の目の前で名乗り始めるとか片腹大激痛なんよ。こっちは生きるのに忙しいの」
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麗太