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「どうするのが正解だったのかなぁ……」
言って私は大きく溜息を吐き、テーブルの上に突っ伏した。
その日の夜。私と真帆さんは居間のテーブルを挟み、向かい合ってお茶を啜っていた。
テーブルの上には、真帆さんが買って帰ったお土産、炭酸せんべいが開けられている。
私と真帆さんは、そのおせんべいを食べながら、食後のひと時を過ごしていたのだ。
真帆さんはズズッと湯飲みのお茶を口にしてから、
「何がですか?」
と小首を傾げる。
「今、話したでしょ? 例の中学生の子。私、結局何もできなかったなぁって」
「そうですか?」
と真帆さんは言っておせんべいに手を伸ばし、ぱりぱりと美味しそうな音を立てながら、
「でも、そのトモさんって子が、自ら望んでヨツバチョウのキーホルダーを倉敷さんにあげたんですよね? なら、別にそれでいいじゃないですか」
「いや、でもさ、それはトモさんの本心じゃないわけじゃん?」
「まぁ、そうですね」
「だったらさ、やっぱり別の魔法使って何とかしてあげるべきだったんじゃないかなぁって。あの時は泣きじゃくってたから、癒しの唄を歌うことしかできなかったけど……」
トモさんも「もう大丈夫」なんて言っていたけれど、あれがただの強がりだったって可能性もある。もしかしたら、今頃家でまた泣きじゃくっているかもしれないのだ。
癒しの唄の魔法がどこまで効くのか、私自身にもそれは解らない。
たぶん、大丈夫だとは思うけれど――やっぱり不安で仕方がなかった。
私は深いため息を一つ吐き、
「真帆さんなら、どうしてた?」
と真帆さんに目を向けた。
「私ですか? そうですねぇ」
と真帆さんはふふんっと笑みを浮かべ、
「惚れ薬を渡しちゃいますね」
「またまたぁ。真帆さんはすぐ惚れ薬の力に頼るんだから!」
「だって、一番手っ取り早いじゃないですか」
「確かにそうだけど、真帆さんだって言ってるじゃない。薬で人の気持ちを変えるべきじゃないって」
「でも、倉敷さんもトモさんのことを好きだからこそ、ずっと一緒にいたわけですよね? あとから中島くんへの想いが生まれたわけで、それなら、その互いに向けられている好きって感情のベクトルを、もう少しトモさん寄りにするくらい、別に問題ないと私は思いますけど」
「え~、だけどさぁ~」
「そもそも学生の頃の恋愛なんて、そんなに長続きしないものですから。その気持ちをどこへ向けようと、あまり変わらないように私は思うんですよねぇ」
「また、ひどいことをいう。本人からしたら、重大なことなんだよ?」
真帆さんはおよそ恋愛なんてしたこと(する気も)ないだろうから、解らないんだろうけれど……
「そうですか? 茜ちゃんなら“よく解ってる真実”でしょ?」
ニヤリと笑う真帆さんの、なんと底意地の悪いことか!
私はグサリと痛い所を突かれ、思わずお茶を一気に飲み干してから、
「――それとこれとは話が別でしょ?」
と苦言を呈する。
真帆さんはけれど何も答えず、ぷぷっと噴き出しながら、私の顔を眺めるだけだった。
まったく、この人は本当に変わらない、良い性格をしてらっしゃる。
変わらないと言えば、私が初めて真帆さんと出会った六年前から、その見た目はほとんど変わっていなかった。
歳を感じさせない、なんてものじゃない。
本当に歳をとっていないようにしか見えないのだ。
すでに三十を超えているはずなのに、肌ツヤなんかも含めて二十代、化粧をしていない状態なんて、「十代後半の学生です」と言っても信じてしまいそうになるくらいだ。
美魔女、なんて言葉があるけれど、何を隠そう、真帆さんは魔女だ。魔女そのものだ。
……まぁ、私も一応、魔女なんだけれども。
「私としてはさ、トモさんと倉敷さんを付き合わせてあげたかったんだ。せっかくの初恋だし、その想いを成就させてあげたいでしょ? それに、私にとっての初めてのお客さんだったしさ」
「またまたぁ」
と真帆さんはニヤリと笑んで、
「そう言って、トモさんを突き放したくせに! 自分の力で何とかしなさいって!」
「ち、違う! 私はそんなつもりで言ったんじゃなくて!」
「冗談ですよ。本気にしないでください」
こ、この女~~~!
私は真帆さんを睨みつけながら、こぶしを握り締める。
いつか絶対、仕返ししちゃる!
そんな私に、真帆さんは小さく息を吐いてから、
「……茜ちゃんの気持ちもわかりますよ。確かに、何でもかんでも魔法に頼るべきじゃない。魔法はきっかけであって、一番大切なことは、自分で何とかするべき。特に、自分の中に大切な想いがあるのなら、それをちゃんと相手に伝えるべきなんです。前から私も言ってるでしょう? 一番の魔法は――」
「言葉、でしょ?」
「はい」
真帆さんは頷き、微笑んだ。
私は深い溜息を吐き、胸をそらせながら大きく伸びをした。
やれやれ、と腕を戻しながら、
「はぁあ、難しいなぁ」
「……まぁ、気楽にいくことです」
言って真帆さんは両手を羽のようにパタパタさせつつ、
「ほら、私みたいに適当にやってればいいんですよ! どうせなるようにしかならないんですから!」
「はぁ、そんなもんですかねぇ?」
と私が首を傾げていると、不意に真帆さんは立ち上がり、空になった湯飲みを二つとも手に取って、
「――おかわり、いりますか?」
そう、訊ねてきた。
「あ、うん」
にっこり笑って、背中を向ける真帆さん。
私も立ち上がり、その奇麗に揺れる長い髪を追う。
「待って、私が淹れるよ」
「え? いいですよ。なんてったって、私の方がお姉さんですし!」
真帆さんは、事あるごとにお姉さん風を吹かそうとする。
たぶん、妹が欲しかったのだろう。
もしかしたら、姉である加奈さんに、憧れでもあるのかもしれない。
――だけど。
「いやいや、ここは弟子である私の役目でしょ?」
「気にしないでください、私、そういう上下関係は気にしないので」
「まぁまぁ、そんなこと言わず。飛び切り熱いのを淹れて差しあげますから!」
「ひ、ひどい! 師匠は猫舌なのに! 茜ちゃんの恩知らず! やっぱり自分で淹れます!」
私と真帆さんは押し合いへし合いしながら、台所へと向かうのだった。
……ひとりめ 了