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東の土地に広がっていたのは、かつて畑だった場所だ。今は雑草に覆われ、瘴気に蝕まれた痕跡だけが残る荒れ地にすぎない。けれど、瘴気を取り除いた今なら――再び恵みの土地として蘇らせることができる。
食料問題の改善に本腰を入れることにした。東の土地を、農作物地区として蘇らせる時が来たのだ。今日は朝から領民を集め、畑の整備を始める。私は現場へ足を運び、すでに待機している領民たちを見渡した。ボロボロだった家屋を修復し、新しい通りを作った頃から、人々の表情は少しずつ変わってきた。以前は疲れ切り諦めに満ちていた顔が、今では希望の色を帯びている。けれど食料不足が続けば、どれほど街並みが綺麗になっても心の底から安心はできない。だからこそ、今日の作業はとても重要だった。
私は、皆に告げた。
「皆さん、集まっていただきありがとうございます」
声を張り上げると、一斉に人々の視線が私へと注がれる。子どもを連れた母親、腰の曲がった老人、力自慢の青年たち――立場も年齢もさまざまな者が集まっていた。私は彼らを見渡し、言葉を続ける。
「今日からここを農作物地区とします。食料不足を解決するために。、、、皆さんの手を貸してください」
人々はざわめき合いながらも真剣な目で私を見つめていた。家の修繕や個人の商売の再開でそれぞれの生活も忙しい。それでも、食べ物がなければ生活は立ち行かない。その切実さが、人々をここへと集めていた。
「アゲルさん」
私は前に立つ一人の男へ声をかける。少し猫背気味で、いつも遠慮がちな笑みを浮かべる男――アゲルだ。
「あなたを農業部門の責任者に任命します。この土地を導き、皆をまとめてください」
「え、ええ!? 俺がですか、、? いや、その、、大役すぎますよ、アイリス様、、、」
「できます。あなたが誰よりも畑を気にかけ、土に触れ続けてきたのを、私は見ています」
周囲の人々も口々に言った。
「アゲルなら心配ねぇよ」
「俺たちも助けるからな」
「頼りないところはあるけど、畑のことなら詳しい」
押し出されるようにして、アゲルは赤面しながら頷いた。
「、、わかりました。やります。やらせてください」
その言葉に、皆の間から拍手が沸き起こった。
私は地面に棒を突き、畑の区画を描き始める。
「ここから南側三分の一は“ポノの木”の畑にします。これは領地の特産品となる果実です。一度芽がつけば枯れずに育ち続けます。未来の財産になるでしょう。そして、、、」
私は北側を指さした。
「残りは野菜の畑に。特に芋を中心に育てます。保存がきき、日常の食料に欠かせません。他の作物も少しずつ取り入れますが、まずは確実に収穫できるものから始めましょう」
ざわめきが広がる。領民たちは頷き、意欲を見せた。
「ポノは将来の収入源。芋は今の食卓を支える。二つの柱を一度に育てるわけです」
「なるほどな、、」
「それなら無理がない!」
私は皆に向かって声を張った。
「ただし、一気に終わらせる必要はありません。皆さんには家の仕事もある。だから畑の作業は最短で一週間。時間を決め、交代で進めましょう」
その言葉に安堵の表情が広がる。生活を守りつつ未来を作る。その両立を人々は求めていたのだ。
――こうして、最初の農作業が始まった。
初日は雑草抜きと土起こし。畑は広く、固まった土を崩すのは骨が折れる作業だった。だが、人々は汗を流しながら黙々と鍬を振るった。老人は腰を曲げながら石を拾い、子どもたちは小さな手で雑草を集める。アゲルは慌てながらも皆をまとめていた。
「えっと、、鍬はこう、、、あ、ちょっと力を抜いて!そうそう!うん、その感じです!」
指示が頼りなくても、領民たちは笑って受け入れる。彼の真剣さが伝わっているからだ。
二日目は肥料作り。家畜を飼っている者が糞を持ち寄り、残飯を混ぜて堆肥を作った。匂いに顔をしかめる子どもたちを見て、アゲルは苦笑しながら手本を見せる。
「これは大事な栄養なんです。臭くても、これが土を元気にします」
その言葉に、子どもたちは嫌々ながらも手を動かした。もちろん、私も教えを乞いながら取り組む。
三日目からは区画ごとに作業が分かれた。南の畑ではポノの種植え。
私は背に背負っていた袋を下ろし、中から小さな種を取り出した。淡いピンク色に光る、不思議な種。あれは南方から取り寄せた辛い実を改良し、甘い果実を実らせるように変えた特別なものだ。
「アゲルさん。最初の一粒はあなたに託します」
「え、俺がですか、、」
「はい。あなたが農業部門を率いる証です」
アゲルはしばし迷ったあと、両手で慎重に種を受け取った。そして耕したばかりの土を掘り、小さな穴を作り、そっと種を置いた。土をかぶせる彼の手は震えていたが、その目はしっかりと未来を見据えていた。
ピンク色の小さな種を受け取った人々は、まるで宝石のように大切に扱いながら土へと埋めていく。
一方北側では、芋の苗を植える作業が進んでいた。芽を出した小さな芋を手に、子どもたちが列を作って土に押し込む。
「ちゃんと土をかぶせて、優しくな!」
アゲルの声に合わせ、領民たちは丁寧に苗を扱った。芋は保存がきき、煮ても焼いても食べられる。飢えを防ぐには最も適した作物だった。
四日目からは水路作りに取りかかる。周囲の川から畑へ水を引くため、溝を掘って竹を組む。土を掘る音、木を叩く音、笑い声。かつて荒れ地だった場所は、人々の手で少しずつ息を吹き返していった。
五日目。ポノの芽が顔を出した。まだ小さな双葉だが、畑に集まった人々は歓声をあげた。
「出た! 本当に芽が出たぞ!」
「これがポノか!」
子どもたちは目を輝かせ、大人たちは誇らしげに笑う。その光景を見て、アゲルは胸に手を当ててつぶやいた。
「……生きてる。ちゃんと、生きてるんだな」
彼の声には震えが混じっていた。それは諦めの中で生きてきた男が、ようやく希望を掴んだ瞬間だった。
六日目と七日目には畑の手入れと見回り。芋の苗も順調に根を張り、緑の葉を広げていた。ポノの芽も日に日に大きくなり、成長の速さに人々は驚いている。アゲルは汗だくになりながらも、畑を隅から隅まで歩き回り、領民に声をかけていた。
「こっちの苗は元気です! 水はもう少し控えめで!」
「この列は草が生えやすいから、皆さん気をつけて!」
少し頼りない声色のまま、それでも彼の背はどこか誇らしく見えた。
一週間の作業を終えたとき、東の土地は見違えるほどに変わっていた。雑草だらけの荒地は整然と区画が分かれ、南には未来の特産品であるポノの畑、北には日々の食卓を支える芋畑。二つの柱が並び立つ光景は、領民たちに確かな希望を与えていた。
「これで、、俺たちも、未来を作れるんだな」
誰かがそう呟いた。
その光景を眺めながら、私は小さく息を吐いた。これで一歩、また未来に近づけた。街を綺麗に整えるだけでなく、人々の胃袋を満たす力を与える。それが真の発展に繋がる。だが、これで終わりではない。まだやるべきことは山積みだ。
夕暮れの空の下、私は畑を見渡し、心の中で誓った。
――必ず、この土地を蘇らせる。必ず、この人々を飢えから救う。