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あれから二ヶ月。夏の中盤。照りつける日差しは容赦なく、じっとしているだけでも汗が背中を伝う。だが、その暑さの下で領民たちの表情は明るかった。今日は待ちに待った芋の初収穫の日だからだ。「アイリス様、こちらの畑ももう掘り始めてもよろしいでしょうか!」
「はい。ここも十分に育ちました。葉が黄ばんできていますから、掘り時ですね」
私は頷き、鍬を構えたアゲルに指示を出した。彼は少し頼りなさそうな青年だが、領民たちと一緒に汗を流す姿は真面目そのものだ。鍬を振り下ろす音、土の中から顔を覗かせる大きな芋。歓声があがるたびに、子供たちが駆け寄っては泥だらけの手でそれを抱きかかえていた。
「こんなに大きい、、!」
「これでしばらくはお腹が減らなくて済む!」
掘り起こされた芋は籠に入れられ、次々と広場へ運ばれていく。
「これは、、、圧巻だな」
フェムル様は目を大きく開けていった。
「そうですね」
今回の収穫作業には来てもらった。←前回は店から離れなかったこの人。人手が必要なのも勿論だが、この人はもう少し領民と交流をすべきだ。これからこの人にも、やってもらいたいことがある。
「収穫時期がはやいな」
「、、、今だけですよ」
収穫時期を早めないと、この後の行動に遅れをきたす。なので、花の力を使い今回だけ作物の成長を早めた。
「すごいな」
大人も子供も、笑顔を浮かべながら手を動かしていた。たとえ汗と泥で顔が汚れても、その笑顔は輝いている。
――これが、生きる力だ。
私はそんな光景を眺めながら胸の奥が温かくなるのを感じていた。だが同時に、頭の中では次の段取りを組み立てていた。収穫した芋をどう使うか、それがこれからの暮らしに直結するのだから。
___
夕刻、収穫した芋は領民たちによって広場に並べられた。大きなもの、小さなもの。形も不揃いだが、それでもすべてが貴重な命をつなぐ糧となる。私は一歩前に出て、皆に向けて口を開いた。
「これだけの芋が取れました。皆さんの努力のおかげです。ですが、ただ食べるだけではなく、保存や工夫が必要になります」
静まった空気の中、私は手にした芋を高く掲げた。
「まずは芋粥。小さく切って煮込み、お米が少なくても腹を満たせます。身体も温まりますから、子供や病人にも良いでしょう」
「芋粥、、なるほど」
領民の一人が感心したように呟く。
「次に、焼き芋です。灰の中でじっくりと焼けば、甘みが増して子供たちも喜びます。余った分は干し芋にすれば保存が利きます。これから先の季節にも備えられるでしょう」
「なるほど……」
「干し芋なら冬にも食えるな」
人々の目に期待の光が宿るのを見て、私は続けた。
「また、芋を潰して団子にし、油で揚げても良い。栄養があり、体力を使う男衆にはもってこいです」
領民たちは互いに顔を見合わせ、頷きあった。芋がある、それだけで人々の心に余裕が生まれるのがわかった。
「アゲルさん、分配をお願いします」 「は、はいっ!」
彼は慌てて立ち上がり、いくつかの籠を抱えて人々に渡し始めた。少し頼りない手つきだったが、それでも領民たちは温かい目で彼を見守っていた。
「、、彼も、少しずつ成長しているな」 私は心の中で呟いた。
___
その日の夜。人々は収穫を祝うように、広場で焚き火を囲みながら料理を作った。大鍋の中で煮込まれているのは、初めての芋粥。ほくほくとした香りが辺りに広がり、子供たちは待ちきれず鍋の縁を覗き込んでいた。
「おいしい!」
「甘い!」
「お腹が温かい」
喜ぶ声が夜空に響く。その光景を見ながら、私は一人少し離れた場所に腰を下ろした。焚き火の明かりから離れたその場所で、私は静かに袋を開ける。中には今日、畑仕事の合間に集めてきた花や薬草が入っていた。
一部の芋を貰い部屋に戻る。
「、、、これで、また一歩」
私は花の一部を細かくちぎり、薬草と混ぜて煎じる準備を始めた。火を小さく起こし、湯を沸かしてそこへ薬草を入れる。立ち上る香りは、少し苦味を含みながらも心を落ち着かせるものだった。
「これは、、安眠に効く。これは傷の治りを早める。これは香りを移せば茶にもできる」
呟きながら、私は慎重に調合を繰り返す。領民たちにはまだ伝えていない。だが、いずれこれが大きな事業になると確信していた。食べるだけでなく、癒やしや健康を支えるものが必要になる。喫茶黒猫はただの喫茶店では終わらない。その未来を描いているのは、私自身だ。
夜風が髪を揺らす。ふと横を見ると、黒猫のアイビーが静かに寄り添っていた。金と青のオッドアイが、焚き火の明かりを受けて煌めいている。
「、、秘密だよ、アイビー」
アイビーは小さく鳴き、私の膝の上に飛び乗った。その温もりに微笑みながら、私は再び薬草をかき混ぜた。
___
翌朝、領民たちは芋を抱え、それぞれの家へと戻っていった。畑に残ったのは、次に植えるための準備をする者たち。私も彼らに指示を出しながら、自らも手を動かした。
「畝を整えてください。芋を掘り返した土は柔らかいので、次の苗が育ちやすくなります」
「はい、アイリス様!」
汗まみれになりながらも、人々は生き生きとしていた。その光景を眺めながら、私は確信する。
――この領地は変わる。必ず。
芋の収穫、それは始まりにすぎない。これから広がる未来のために、私はさらに先を見据えて動くつもりだった。
地面の上で丸くなるアイビーを撫でながら、私は空を見上げる。夏の太陽は容赦なく照りつけるが、その光は希望のように輝いて見えた。
――次は、ポノだ。