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ガブリエルの火傷は、首から上に集中していた。

爆ぜた花火から飛んだ火花を受けて、全身が炎に飲まれたように周囲からは見えただろうが、ガブリエルは正装の下に防火布を仕込んでいたのだ。

だから服は黒焦げに燃えたが、その下の体は赤らむ程度で済んだ。

しかし、無防備だった顔と頭部は――。


「ガブ、痛むでしょう?」


菌が入らないよう、頭と顔全体をガーゼと包帯で覆われ、まるで人相が分からないガブリエルをシルヴェーヌが労わる。

まだ意識が戻らず、ゆっくり上下する胸だけが、生きている証だった。



「早く良くなりますように」


赤くなったガブリエルの手へ、祈りを込めて口づけを落とす。

シルヴェーヌには分からないが、ロニーが言うには、シルヴェーヌの体液が薬代わりになるらしい。

それゆえ、ガブリエルが目を覚ましたら、シルヴェーヌには大役のお鉢が回ってくる。

思い出すだけで顔が赤らむが、ガブリエルのためにも、恥ずかしがっている場合ではない。


「ん……」

「ガブ? 気がついたの?」

「み、水……」


かすれた声で求められたのは、まさしくシルヴェーヌが想定していたものだ。


「待ってね、少しずつだから」


シルヴェーヌは、水差しにあった水を、グラスに注いで少しだけ口に含む。

そしてガブリエルの顔に覆いかぶさると、薄く開かれた口へそっと己の唇を重ねた。

ガブリエルが咽てしまわないように、少しずつ口移しで水を与えるシルヴェーヌ。

まだ目が開いていないガブリエルは、これが初めての口づけだとは知らない。


「もっと欲しい?」

「もっと……」


シルヴェーヌは医師に教えられた通り、ガブリエルの様子を窺いながら、慎重に水を含ませ続けた。

やがて満足したガブリエルが、大きく息をつき、そしてゆっくりと瞼を持ち上げる。

現れたのは、贈ってもらった指輪と同じ、力強い赤。


「ガブ、良かった、意識が戻ったのね」


ぽたり、とシルヴェーヌの涙がガブリエルの頬へ落ちる。

すぐに包帯に染み込まれたそれもまた、薬になるのだろうか。


「シル……?」

「そうよ、私よ」

「帰ってきてくれた……」


ガブリエルが嬉しげに目を細める。


「お医者さまを呼んでくるわ」


シルヴェーヌは、何かを話したそうにしているガブリエルに気づきながらも、体のことを優先させる。

ガブリエルは素直に頷き、目を閉じた。

顔を少し動かすのも、つらいようだ。

すぐに戻るから、と声をかけ、シルヴェーヌはガブリエルの部屋を出る。


(執務室にいるロニーに言えば、すぐにお医者さんを呼んでくれるはず)


ガブリエルの容態が急変する可能性があったので、しばらくの間は医師が離宮に滞在していたのだが、目下落ち着いているようだからと、今は王城の医務室へ戻っているのだ。

執務室に辿り着いたシルヴェーヌだったが、扉をノックしようとして、中からロニー以外の声がするのに気がついた。


(来客中なんだわ。どうしよう。なるべく早く、お医者さまを呼んだ方がいいよね)


ロニーに頼まず、このまま王城の医務室を訪ねようか。

シルヴェーヌが迷っている間に、執務室で交わされる会話は続く。


「今のところ、ガブリエルが望んだ通りに、事は運んでいるようだな。儂も間もなく、カッター帝国の皇帝との会談が始まるだろう」

「陛下の腕の見せ所です。どうか、命を懸けた殿下のためにも、よりよい結果となるように――」

「うむ、分かっておる。儂にとっても、一生に一度の勝負所となるだろう――」


シルヴェーヌはよろよろと、扉から体を離した。

ロニーと話していたのは、ガブリエルの父である国王だった。


(ガブが望んだ? 命を懸けた? どういうことなの?)


聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないか。

シルヴェーヌは踵を返し、王城へと駆けた。

今は考えている場合ではない。


(いつか……ガブが話してくれるはず。どうせなら私は、ガブの口から真実を知りたい)


そしてシルヴェーヌが連れてきた医師によって、ガブリエルの診察が始まる。

記憶の障害や意識の混濁がないか、丁寧に確認している間に、シルヴェーヌは再びロニーを呼びに行った。


◇◆◇◆


「ごめんなさい、真っ先にロニーへ知らせるべきだったのに、お医者さまを呼びに走ってしまって……」

「いいえ、シルヴェーヌさまが謝ることはありません。それで正しかったのですよ」


ガブリエルを寝たきりから復活させたシルヴェーヌを、ロニーは心底信奉している。

主の体調を慮ってくれたシルヴェーヌに対し、意見するはずもない。

二人は早足で歩きながら、執務室からガブリエルの部屋へ向かっている。

どちらも、医師の診察結果が気になって仕方がないのだ。


「殿下が目覚めてくれて、本当に良かった。……もしかして、すでに水を飲ませてくれましたか?」

「っ……!」


真っ赤になったシルヴェーヌの頬が、その答えだ。

にっこり笑ったロニーは、満足げに頷く。


「シルヴェーヌさま、殿下とブリジット皇女殿下の婚約が解消された話は、お聞きになりましたよね」

「料理長が教えてくれたわ。……まだ幼い皇女殿下にとって、焼けただれたガブの顔は、恐ろしく見えたそうね」


ブリジットが絶叫した台詞は、すでに国中が知るところだった。


「間が悪いことに、ブリジット皇女殿下はその直前、『病める時も健やかなる時も、お互いを支え合って、仲の良い夫婦になる』と宣誓していたのです。それをバルコニー前に集まった、多くの民が聞いていました」


簡単に手のひらを翻したブリジットに、民は反感を覚えた。

そのせいで、カッター帝国の打ち上げ花火がゲラン王国の王族を傷つけた以上に、問題が大きくなってしまったのだ。

民意を背負った国王が挑む会談がいかに重要か、シルヴェーヌにも理解できた。


「これから国王陛下は、カッター帝国へ賠償請求を行います。その中で、殿下とシルヴェーヌさまが誰に邪魔されることなく過ごせるよう、取り計らってくれるでしょう」

「え……?」


ガブリエルが贈った求婚の指輪を、そうとは知らずにシルヴェーヌは受け取っている。

だからロニーは、ふたりの心が通じ合っていると勘違いをしていた。


(ガブと一緒に過ごせるのは嬉しいけれど、もっと意味深な言い方をされた気がするわ)


戸惑うシルヴェーヌだったが、ロニーへ真意を問い返す前に、ガブリエルの部屋に辿り着いてしまう。

そして、医師からの説明が始まってしまったのだった。


◇◆◇◆


医師の診察結果は上々だった。

あとは根気よく皮膚の再生を待ちましょう、と言い残し医師は王城へ戻る。

ロニーもそれに合わせて、国王へ報告をあげてくると立ち去った。

部屋には、シルヴェーヌと新たな包帯を巻かれて横たわるガブリエルだけが残される。


「シル……座って。話したいことが、あるんだ」


目が覚めたときよりも、幾分かハッキリと発音するガブリエル。

口移しの水がさっそく効果を発揮していた。


「ガブ、無理は禁物よ。きつくなったら、話はまた今度ね」

「ふふ、今度か……いい言葉だね。シルと、今度も会えるんだから」


包帯の隙間から、ガブリエルの赤い瞳が、柔らかく笑んだのが分かる。

シルヴェーヌの頭の中には、先ほど聞いてしまった会話が蘇っていた。


『今のところ、ガブリエルが望んだ通りに――』

『命を懸けた殿下のためにも――』


国王とロニーは、一体、何を言っていたのか。

これからガブリエルがそれを明かしてくれるのだろうと、シルヴェーヌは神妙に続きを待った。


「僕は、どうやら失敗したみたいだね」

「失敗?」


思っていた話とは違った。


「求婚をしたのだけど、意味が伝わっていなかったらしい」


求婚という言葉からシルヴェーヌが連想したのは、ガブリエルとブリジットの婚約解消についてだった。


(もしかしてガブは、皇女殿下との結婚が白紙になってしまって、ショックを受けているのかしら?)


「ガブ、皇女殿下のことは残念だったと――」

「ああ、やっぱり。メッセージもなしに、突然だったからね。そういう可能性も、考えていたんだ。……ちなみに、あの指輪は何だと思った?」


力落ちしたガブリエルの声に、シルヴェーヌは首を傾げる。

どうして今、指輪の話題へ移ったのか。

しかし素直に答える。


「退職金の代わりなんだろうと思ったわ。ガブの瞳の色と一緒で、とても綺麗ね。ドレスも指輪も、私の宝物よ」


嬉しそうにするシルヴェーヌの様子に、ガブリエルは目を細める。

そして笑顔のまま、爆弾発言を落とした。


「気に入ってもらえて良かった。あの指輪はね、僕からシルへのプロポーズ、つまり婚約指輪だったんだ」

ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~

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