TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

瑞記は希咲が落ち着いたのを確認してから、園香に視線を移して改まった様子で口を開く。


「今日は園香に名木沢さんを紹介しようと思ったんだ」


こんなに急に紹介の場を作られても困るが、本人の前ではさすがに言えない。


園香は黙って相槌を打つ。


「覚えてないだろうけど、以前の園香は僕が仕事で不在にしていると驚くくらい心配したんだ」


「……そう言えば、私は仕事に理解がなかったようなことを言ってたね」


瑞記は一瞬気まずそうな表情を浮かべた。


「そこまでは言ってないよ。ただ今後も僕は不在がちになる。以前のように心配させない為にも名木沢さんからも説明して貰おうと思って。そうすれば園香も安心だろう?」


園香はこっそりと溜息を吐いた。瑞記の口調は穏やかだし、気を遣ってくれているのは分るけど、園香の望む方向性と違っている。


ビジネスパートナーを連れて来て説明するより、夫である彼の口から話してくれたらよかったのに。


(これは価値観の違い?)


「僕たちの会社がデザイン関係の仕事をしていると言っただろ?」


「ええ。そう言えば、会社名はなんて言うの?」


「ああ、TYワークって言うんだ」


TYとはどういう意味なんだろうと考えながら園香は頷く。


「それで……改まると説明が難しいな」


「奥様、続きは私から話しますね」


瑞記が言葉に詰まるとフォローするように希咲が言葉を挟んで来た。


返事をする間も無く、彼女が話し始める。


「私たちは美倉空間デザインという会社の同僚として知り合ったんです。今から五年くらい前のことです。仕事の考え方などがともて合って、いつか独立して会社を立ち上げようと話していたんですよ」


希咲は当時を思い出しているのか、懐かしそうな表情になった。


「……美倉空間デザインは知っています。ソラオカ家具店も取引がありますので」


ソラオカ家具店ではデザイン業務の一部を外注している。数社と取引があり、大きなプロジェクトの際は競合でどの会社に依頼するか決める。


園香が関わった仕事でも美倉空間デザインに依頼した覚えがあった。


「はい。私も瑞記もソラオカ家具店の仕事の経験があって担当者と懇意にしていたので、その縁で独立してからも取引を頂いているんです」


「そうなんですか?」


園香は僅かに首を傾げた。


(ソラオカ家具店が瑞記の会社に仕事を頼んでいるのは、前職での関係と言うより、父親同士の交流によるコネじゃなかったの?)


結婚だって、両家の親の縁がきっかけで纏まったようだし。


疑問だったが深く考える暇はなく、希咲の話が続く。


「起業して二年が経ち経営は日々上向いているんですよ! ただその分忙しくて瑞記は家庭サービスが出来なかったんです。奥様はそれが気に入らなかった様子で。あと……私が常に同行しているのも不快に思っていたようなんです」


「えっ?」


肩を落としながら告げられた希咲の言葉に、園香は驚き目を見開いた。


(不快に思ったのはなんとなく分るけど……名木沢さんにも気づかれるくらい、あからさまに態度に出していたの?)


自分がそんな言動をするなんて信じられない。たとえ嫌いな相手でも表向きは普通に振舞う自信はあるのに。


その時の自分は何を考えていたのか。


「あの、私の態度こそ不快にさせてしまいましたよね。申し訳ありませんでした」


居たたまれなくなって頭を下げる。


希咲はいいんですよと微笑んだ。


「私たちもしっかり説明出来てなかったので奥様の不満は仕方がないことだったんです」


「……」


「ここ半年は以前テレビ番組のインタビューを受けたのがきかっけで様々なお仕事の依頼を頂いていて、場合によっては視察や打合せに遠方まで行く必要があります。ふたりしか社員がいないので、当然ふたりで行ってますけど、本当に仕事なのでどうか心配しないで欲しいんです」


希咲の話はそれなりに筋が通っているように感じた。にも関わらずすぐに分かりましたと頷けないのはなぜなのだろう。


(何か胸につかえているような……)


嫉妬ではない。だって今は瑞記への恋心を忘れてしまっているのだから。


しばらく考えても、モヤモヤする感覚の正体が掴めなかった。仕方なく別の疑問を口にする。


「あの、かなり忙しいようですけど、従業員を雇わないんですか? 聞いた限りでは経営は順調のようですし、業務拡大と同時に社員も増やしてもいいんじゃないでしょうか」


希咲は一瞬気分を害したように眉を顰めた。しかしすぐに笑顔になる。


「採用はなかなか難しいんです。専門的な仕事なのでそれなりのスキルを持っているのが条件ですし」


「では経理など事務スタッフは?」


「うーん、それも希望する人材はなかなか応募してくれませんね。でも、私たちが出張に出ている間に留守番をしてくれるようにアルバイトを頼むことはありますよ」


「そうなんですか」


「あの、本当に安心してくださいね。私と瑞記の間で何か起こる訳は絶対にないですから。そもそも私は既婚者ですからね」


「えっ……」


園香は思わずポカンと口を開いた。


なぜだか彼女が既婚者だとは少しも考えていなかったから。


彼女の生活感を一切感じさせない雰囲気や、遠方までも出張に行くとう情報から、独身だと思い込んでいたのだ。


都会の広々としたワンルームに一人暮らしをしているイメージを、勝手に広げていた。


園香の驚きようがおかしかったのか、瑞記と希咲は目を合わせてくすりと笑った。


「園香、彼女の夫はKAGURAのCEOの名木沢氏なんだよ」


「えっ? KAGURAってロボット産業業界最大手の?」


神楽グループの中でも最近特に勢いがある企業だ。以前KAGURAが開発した人型の作業ロボットについての特集を雑誌で見たことがある。


園香は今日何度目かの驚きに、唖然としていた。


(名木沢さんが結婚していただけでなく、そんなすごい人の奥さんだなんて)


ますます分からない。


(名木沢さんはどうして瑞記とふたりきりの会社で働いているの?)。


聞いた限りではかなり多忙で休みは少ないようだ。彼女の夫は働き方について何も言わないのだろうか。


「驚いただろ?」


瑞記の言葉にはっとして「ええ」と頷く。


「彼女は俺たちの仕事にやりがいを感じて尽くしてくれてるんだ。そこに疚しい気持ちなんて少しもない。純粋に頑張っている。だから園香にも分かって欲しいんだ」


瑞記が園香をじっと見つめて答えを待っている。


「……分かりました」


他に返事のしようがなかった。


「あの、私にも出来ることがあったら何でも言ってね。家族として少しでも力になりたいから」


「ああ、分かった。ありがとう」


瑞記が嬉しそうに答えた。

円満夫婦ではなかったので

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

24

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚