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週末。久しぶりに休みが取れた日。

藤澤は香水店「MORI」の扉を開いた。


「こんにちは」


「お、来たね」


大森は調香室の奥から顔を出しながら、白衣を脱いで前に出てくる。


「元気そうじゃん。今日は倒れてない?」


「元気な客に失礼ですね」


「元気な“君”だから言えるの。安心した」


さりげない大森の言葉が優しく心に沁みた。


藤澤はカウンターの前に座る。雨の日のこと、「好きじゃないのは嘘だと思う」と伝えた日から、まだ数日しか経っていない。

それなのにもうだいぶ何かが変わってしまった気がする。


落ち着くはずの香水の空間が、今は妙に心臓に響く。


「で、今日は何の用?」


「新作を、試してもらいたいって言ってましたよね?」


「ああ、そうそう。藤澤専用香水。No.6」


大森は棚から小瓶を取り出す。ラベルにはまだ名前がない。

ただ端に「for R」──それだけが小さく記されていた。


「深いグリーンとシダー、少しミルラ。静かな夜の余韻をベースにしてある。スパイスでジャスミン。君の“芯”みたいなものを混ぜた。…..香ってみて」


藤澤は瓶を受け取るとムエットに数滴落としてゆっくり香る。


深く澄んでいて、どこか透明。

けれどほんのり甘くて苦みのような情熱が芯に残る。


「……これ、ぼくのイメージなんですか?」


「僕の中の君」


「どういう意味ですか」


「今まで会ってきた君、話した君、寝ぼけた君、黙って耐える君。その全部が混ざってる。だから“君を香りにした”って言える」


藤澤はしばらく黙っていた。





「…じゃあ、ぼくが名前つけてもいいですか」


「もちろん。命名権は君にある」


「うーん…難しいですね。でも、これは“僕”だけど“僕じゃない”。大森さんが“好きになった自分”だから…」


言いかけて藤澤は一度息を吐いた。


「“Rendezvous”とか、どうですか」


「ランデヴー?」


「“会う約束”って意味もあるし、“密会”って意味もある。それに、自分でも自分の気持ちに会いにいく、そんな感じがするから」


大森はしばらく黙って、香水瓶を見下ろしていた。そしてそっとペンを取り、ラベルに書き込む。


処方名:Ryouka No.6 “Rendezvous”


「すごく、いい名前」


「ほんとですか」


「うん。名前をもらえた香りは絶対に忘れられない」

それにもうそれ、半分告白みたいなもんだよ

そう微笑んで大森に言われ

藤澤は耳まで赤くなった。


「ち、違います。そんな、告白とかじゃ、まだ…」


「うん、まだでいい。でも僕はしっかり受け取るよ。好きって言われるより、君がこれに名前をつけてくれたことのほうがよっぽどグッときた」


「バカですね」


「でしょ。バカでよかった」





その日の帰り道、藤澤のポケットには小瓶が入っていた。

“Rendezvous”と書かれた、自分が命名した特別な香り。


それをときどき嗅ぎながら、藤澤は自分に問いかけていた。


──これはもう、恋ですか?


でもその答えは、香りの中にもう書いてあった。

沈丁花の香りを、君に

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