テラーノベル
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夫は私の手料理を満面の笑みで食べてくれる。
失敗しないように心がけてはいるが、やはり口に合うものを作れると喜びは倍増した。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「お粗末さまでした。お口にあったなら、何よりです」
「隠し味の蜂蜜とチョコレートが絶妙ですね」
「既存のレシピより若干少なめにしてみました。レシピ通りだと味が濃いめなんです」
プロのレシピサイトや料理の専門書でもよくある話だ。
基本的に薄味に慣れているのと、お子様舌だからかもしれない。
「ですねぇ。味が濃くていいのはスイーツだけですよね」
それもどうかと!
内心で突っ込みを入れる。
表情に出ていたらしい、ふにり、と軽く頬肉をつままれた。
「……邪魔が入ったせいか、気持ち、足りないですね」
「スイーツは別腹です。デザートを所望します!」
「はいはい。何にしますか?」
「苺のクレープシュゼット!」
作る手間がかかるデザートでも夫は驚かない。
というか、驚く点が人とは違う気がしている。
「おや。結構がっつりですね。味はオレンジ? 苺?」
「両方で!」
「では、半分ずつにしましょう。付け合わせのアイスは?」
「特に希望なしです」
「わかりました」
手際良くまとめた食器を持ってシンクへ向かう夫の背中を追う。
職人萌属性の自分には夫の作業を見守る癖があるのだ。
何をやらせても超一流の腕を持つ夫は、何時だって自分の萌を満足させてくれた。
「一緒に作ります?」
「そう……ね。せっかくだし。下準備はします」
夫の知人が送ってくるフルーツは旬など関係なく、消費量に応じて好みのものが適量送られてくる。
苺は二人の好物なので常にストックがされていた。
私は苺を一パック取り出して、ボウルの中に水を入れると、ヘタを取った苺をちゃぷんちゃぷんと水音をさせながら放り込んでいく。
夫は市販のクレープ粉を使わずに、自分で調合したクレープ粉をその都度作って使用している。
面倒だと思うのだが、味が全然違うので、そんな手間をかけなくていいよ! とは初めてのとき以外言ったことはない。
ほんのりとラム酒が香るクレープ粉が出来上がる頃には、オレンジに手をつけた。
飾り切りをしようか迷うも、夫の手が早いので、なるべく等分になるように輪切りにするだけにした。
オレンジジュース、マーマレードジャム、ハチミツを小鍋に入れて軽く煮立たせる。
オレンジバージョンのソースはこれで完了。
実に簡単だ。
苺は飾り用を残して、ジューサーにかける。
あっという間にできた苺百%のジュースに三温糖を入れて、煮立たせる。
香り付けのブランデーをちょっぴり入れた。
「はぁ……美味しそうな匂い……」
ふんわりと焼き上げられたクレープ生地に、出来たてのソースがかけられる。
「先に食べていていいですよ。クレープシュゼットは出来立てをいただくのが最高ですからね」
「では、遠慮なくそうさせていただきます!」
うきうきと二枚の皿を持ってテーブルに戻れば、楽しそうな笑い声が追いかけてきた。
押しかけられた不快感も随分と軽減されているようで良かった。
これで、食べ終わる頃には何事もなかったように払拭されているだろう。
無論、私も同じだ。
好みの甘味にほんのり香るそれぞれのアルコールが秀逸で、自然と目尻も下がる。
「ミント、つけてもいいんですよ?」
夫のアイスには一枚ずつ、ミントの葉が添えられていた。
「アップルティーのときだけでいいかなぁ、ミントは」
空いたスペースにアイスが落とされる。
オレンジにはバニラ、苺にはピスタッチオだった。
「うーっ! この濃厚ピスタッチオアイスを食べると、他のメーカーのは食べられないわ!」
「バニラは市販でも選択の余地がありますけど、ピスタッチオは難しいですね」
「アイスは長期間保存が大丈夫だから、良いけどねー」
「……うん。良い感じですね」
「最高の焼き加減です! 幸せです! 美味しすぎます!」
食事のあとで、ほとんど間を置かなかったにもかからず、ぺろりと食べてしまった。
全く以てデザートは別腹だとしみじみ思う。
「私のも食べますか?」
夫の皿には、まだ半分ほどのクレープシュゼットがそれぞれ残っている。
「ちょっと物足りないくらいがちょうどいいと思うのよね。だから、いいわ。気持ちだけいただきます。ありがとう」
笑顔で返事をすれば、夫が微妙に不機嫌顔になった。
私が食べるだろうと思って、わざと残したのだ。
夫は相手に気を遣わせない心配りを素でする。
今まで我慢を重ねてきた人生だから、私と一緒にいるときは、我慢はなしですよ? と言うのが、夫の口癖だった。
「だって、太っちゃうでしょう?」
「大丈夫ですよ。管理はきちんとしていますし。その分今夜頑張っていただければ、それで」
「うー。じゃあ、一口ずつください」
「全部ですよ。頑張ってくれるんですよね?」
覗き込んでくる瞳はすっかり機嫌を直して楽しげだ。
「……程々に、お願いします」
私は、明日の朝は声が出ないかもしれないと、確信に近い予感を抱きつつ、夫の皿に残されたクレープシュゼットを全て平らげてしまった。
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