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「そういえば、明日は講師の仕事が入っているんです」
心配性の夫は私から目を離したがらず、基本的にはリモートワークをこなしている。
が!
ハイスペックがすぎるし、私に害さない人間へは表面上人当たりが良い。
相手がビジネス上信用できると判断すれば、外での講師を引き受けるときもあった。
「今回は、どこなの? っていうか、何の講師?」
早めの夕食のあとに、砂糖なしのロイヤルミルクティーと、生クリームとカスタードの焼き立てシュークリームを堪能しながら問う。
「カジュアルフレンチ、ちょっと和風のテイストが入ってますよ! 対セレブ女性向けの料理講師です」
「ぶふっ! そのままのタイトルで募集したら面白そうね」
「頼んできた人が、言った通りを伝えましたよ?」
「ぶはっ!」
「良い友人なんでね。引き受けました。それ以上にまぁ、いろいろと……思う所もあるのですよ、今回はね」
「聞いても良いなら、聞かせてほしいかな?」
隣り合って座って食べるなんて、どれだけラブなの! と、夫の許可を得て付き合いのある女性に幾度か言われたけれど、夫がそうしないと、不機嫌になるので致し方ない。
それが当たり前になってしまえば、今のように会話の途中、なだらかだが間違いなく男性の少し骨ばった肩に頭を乗せる。
すいと顎を撫ぜられて、ペットのようだと思うも、夫の蕩けそうな笑顔を見れば、別にペットでもいいか! と思い直しながら、横上目遣いに見詰めた。
「……そんな目で見詰められたら、どんな秘密も話してしまいますよ」
くすくすと笑いながら額へキスが落とされるので、鼻先を擦り合わせて情を返す。
「所謂本当のセレブと称される方々は、自分が醜態を晒せば、それだけ家名が落ちると理解していますからね。内面はさて置き、表面上はとても穏やかに和やかな講習に終始するんです」
「背負うものが多い方は大変よねぇ……」
「おや。私もそれなりにセレブですよ?」
「貴男は私に何も背負わせてくれないでしょう?」
「ふっふ。私の愛はどんな重荷より重いと思いますけどねぇ」
「喬人さんからの愛が重いと感じる日が来ても、それを苦痛と思う日は永遠に来ませんとも!」
乙女ゲームに耽溺している身としては、夫の愛が重すぎるのを通り越して、軽く押し潰されるレベルなのは百も承知している。
同じ接し方を他の誰からされたとしても、苦痛を感じて脱兎の如く逃げるだろう。
元々私は家庭環境もあって、干渉や束縛をされるのが大嫌いなのだ。
「愛ですね?」
「私の愛だってなかなか重いでしょう?」
「重いと思う日は永遠に来ないでしょうけれど、私だけが許されている嬉しさを忘れる日もまた、永遠に来ないでしょうね」
不意に口移しでロイヤルミルクティーを飲まされて、そのままディープキスに雪崩れ込まれそうになり、背中を必死にタップする。
「たっぷ! たっぷ! たっぷですよ! 話の続きを所望します!」
「はいはい。では、続けましょうね。キスの続きはあとにします」
「そっちは忘れて良いんだけどなぁ」
思わず生温い微笑を浮かべてしまった。
最近夜が滅法激しい。
スキンシップも過多だ。
何かに悩んでいるのだろうな、と思うも、本人がそうと決めない限り、私には話してもらえない。
だからただ、その甘さを甘受する。
それが一番、夫の悩みを払拭するのだと、認識しているからだ。
「そんな生粋のセレブな集まりに、異分子が紛れ込んでしまったんですよ」
「排除できないんだ?」
「夫たちは良い人らしいんですよ。だから申し訳ないというよりは、可哀相で排除できない、と」
「……喬人さんの友人にしては、甘くないですか?」
「夫たちの天然な坊ちゃん的優しさを愛でたいんだそうで。損ないたくないと」
「うわぁ」
これ以上はないほど、夫の友人らしい発言だ。
「それで、彼女たちを私に惚れさせる。離婚を持ち出させる。落ち込む夫たちを慰めつつ、新しい妻を派遣する……という流れで、講師をしてほしいとなったのですよ」
「そんな面倒事を引き受けるなんて……どういう風の吹き回しなの!」
「貴女も一緒に行ってくれれば、わかりますよ?」
「え! 私も参加なの?」
「貴女の大好きな、幼妻とか妖艶妻とか、品の良すぎるマダムやーん(萌!)な方々もたくさんいらっしゃいます」
マダムやーんの、独特なイントネーションに吹き出した。
中華風のコミックスに出てきた表現が気に入って、二人でよく使っているのだ。
「……友人になっても良いの?」
「異分子以外は全員知人まではいいですよ」
「太っ腹だ!」
知人レベルでも、否、知人レベルだからこそ、厄介事を持ち込まれたりもするのだ。
だから夫は、友人は当然、知人ですらも厳選している。
「マダムやんと幼妻と妖艶妻でしたら、麻莉彩が良いなら友人にしても構いません」
「おお!」
思わず三人の美人たちに囲まれて、美味スイーツを堪能する自分を想像してにやけた。
「ですので。異分子たちが喚いても、スルーでお願いできますか?」
「スルーは昔から得意だから、任せてくださいな」
むんと胸を張れば、頭を撫でられる。
「では、明日は宜しくお願いしますね」
「了解しました。旦那様」
「初めまして、麻莉彩さん!」
幼妻キター! と頭の中に弾幕が走る。
「こんにちは。時任≪ときとう≫さん?」
「できれば、亜美≪あみ≫と呼んでくださると嬉しいです!」
中学生と自己紹介されても疑わない童顔は、見る者全ての表情を和ませるほど愛くるしい。
やわらかい桃色の、ふわりとしたワンピースは華奢な彼女を人形のようにも見せる。
ダイヤのペンダントのシンプルなカッティングは美しく、デザインは可愛らしい。
旦那様のめろっめろな溺愛が伺える。
「では、亜美さん宜しくお願いいたします」
少しだけ腰を屈めて目線をしっかり合わせると、ぴょんと飛びつかれた。
「あらあら亜美さんたら、麻莉彩さんが驚きますわよ」
妖艶妻ご馳走様です! と追加弾幕が走った。
ひょいっとばかりに首根っこを軽々と、しかし優しく摘まんだ彼女の、反対側の手で、しっかりと手首を握り込まれる。
これで、旦那様を掴んで離さないのですね!
わかります!
そんなしなやかだか、しっとりと離しがたい肌質の隅々まで手入れされた美しい指先で、掌を擽られるサービスまでされて、思わず変な声が出そうになるのを、どうにか必死に堪えた。
「緋集院紗枝≪ひじゅういんさえ≫と申します。どうぞ、紗枝とお呼びくださいませ」
「紗枝さんですね。初対面の方にこういったことを申し上げるのは失礼極まりないと重々承知しておりますが、言わせていただけますか? 眼福です!」
全身のラインがはっきりと見える純赤で絹のワンピース。
マーメードラインから覗く足首にはルビーのアンクレットが艶めかしい。
何より胸元が大胆に見えるデザインだというのに、レースでたくみに隠されているのが、何ともあざとい。
そして、これ以上はないほどに似合っている。
「まぁ! 嬉しいわぁ。麻莉彩さんのように、美人にも可愛くも見える方に言われると、凄く自信が持てますわね」
「えー麻莉彩さん! 私は! 私は?」
「亜美さんは最高に可愛らしいです! 旦那様に溺愛されていて、更にその溺愛を完全に受け入れていらっしゃるところが、超絶に愛くるしいと思います!」
亜美は一瞬きょとんとした、これまた萌心を擽る表情をしたあとで破顔した。
旦那様だったら絶対に見逃したくないと思う、天真爛漫な笑顔だった。
「わかっちゃうんだ? そっかー私はすっごく愛されていて、しかも愛をちゃんと返してあげられているんだー」
えへへ……とスカートの裾を持って悶える姿には、デジタルカメラを持ってこなかった不手際を心の底から後悔するほどだった。
「旦那様から伺っていた通りの方で、私≪わたくし≫もお会いできて光栄ですわ。穂河優貴≪ほのかわゆき≫と申します。どうぞ、優貴とお呼びくださいな」
マダムやーん! やーん! やーん! 以下やーん!
昂奮のままに十回は繰り返されました、脳内やーんが。
「優貴様とお呼びしては」
「駄目です」
「残念です」
漆黒のチャイナドレスに鮮やかな大輪牡丹が咲いている。
大胆なスリットにも関わらず、清楚にすら見えるのは溢れ出る、品の良さのせいだろうか。
アクセサリーは手首にしている紅色翡翠の腕輪だけなのだが、恐ろしく繊細な細工で、老舗の名工の物だと知れる。
身に着けている物で、ある程度の生活環境が看破できるというが、彼女たちは立ち振る舞いも含めて、女性の頂点に立てるだろうレベルを軽々と維持していた。