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「うわあ、また死んだ。どうなってるのよ……このゲーム」
乙女ゲーム。それは、夢のゲーム。キラキラと輝く絵と声優、挿入曲も最高で、その世界にどっぷりはまれる最高のゲーム。の、はずなのに。
「なんで、エトワールストーリー難しすぎない? どれだけ難易度あげたのよ。制作陣頭大丈夫? 全然、クリアしたって書込まれてないし……まあ、ネタバレ一週間は禁止だから、クリアしててもいわないだけかも知れないけど」
やめた、やめ。
私は、そのままスマホを布団に放り投げる。
巡と始めた乙女ゲーム。ゲームの類いはホラーゲーム以外なら大好きで、上手い自信があった。でも、その自信を打ち砕くようなゲームだったのだ。どれだけ、ヒロインストーリーが簡単だったのか、身に染みた。
これをクリアできる人はいるのだろうかと、疑いたくなるぐらいの難易度調整。
何で何をしても、エトワールは死ぬのだろうか。嫌われるのだろうか。召喚されたその瞬間からゲームをしているというのに、どうしてもエトワールは、誰かに好かれることなくて、ゲームオーバーになってしまう。
可哀相になってしまうぐらいに。
「どうして? 何も悪いことしてないわよね」
私、万場蛍は、巡の唯一の友達で、親友。あの世界に飛ばされる前までは、普通の大学生だった。このゲームがクリアできずにいて、毎日のように苛立っていたが……
「攻略法……とかあるのかしら。確かに、ヒロインストーリーでは、エトワールは嫌なキャラとして画かれていたけれど……だからって、本人のストーリーでも嫌われすぎってどういうことよ」
私は、乙女ゲームでも、ヒロインを取り合う男達の会話が好きな腐女子で、乙女ゲームを乙女ゲームとして楽しむのは勿論、そういう二次創作的な部分に妄想を馳せることだってある。
けれど、これはエトワールに同情する。
何故、彼女は嫌われるのか。理由が分からないから、進める気力が無くなってしまった。
「今は、楽しいことを考えなきゃ。イベントもあるわけだし、お金も貯めたし……」
明後日に行われるビッグイベントに参加するために貯めたお金。沢山の同人誌を買うためにバイトをした日々。私は、それだけを考えて眠りにつく。
それから、あっという間に明後日になって沢山の同人誌を買えた。もううきうきで、雪が降っているのも気にならないぐらい、寒さなんてへっちゃらだと言うぐらい私はルンルンで帰る。しかし、勢い余って同人誌を川に落としてしまったのだ。
(戦利品が!)
気づいたら身体が動いていた。真冬の川に飛び込むなんてどうにかしている……そう思った時には遅かった。ようやく寒さと殴られるような痛さが身体に走った頃には、意識が遠のいていた。そうして、暗い川の底で白い光をスマホが放ったのだ。その光は私を優しく包み込んだ。
目が覚めると、そこは知らない部屋だった。中世ヨーロッパのような作りの部屋、そして目の前にはメイドらしき少し老いた女性が立っていた。
「聞いているんですか。今日から仕事が始まるというのに、その様子では……」
「は、はい」
何故だか返事をしないといけない気がして、私は口を開く。
目の前にいるメイドから目を離したらまたそれもいけない気がして、知らない空間に放り出されたけれど、今は飲み込むしかないと、私は考えた。
自分で自分の良さだと思うけれど、状況を瞬時に理解して、適応できるのはさすがだと思う。これがなかったら、メイドの怒りを爆発させてしまいそうだったから。
(と言うか、ここ何処……なのよ。でも、このメイド服って見覚えがあるのよね)
メイド服なんてこの世に幾つもあるし、似たようなデザインだから、覚えているはずも、これが違うとかいちいち把握しているでもない。でも、そのデザインには見覚えがあった。何度も見てきたものだから。
(ああ、じゃあこれは、異世界転生って奴……?)
自分でも信じたくないけれど、その単語が一番しっくりくると思った。本当に夢を見ているんじゃ無いかと思った。それに、信じたくないだろう。
普通なら適応できない。
というか、喜びよりも戸惑いの方が多いだろう。でも、私はそうじゃなかった。
適応できたのは、ゲームを知っていたからとか、転移、転生とはどういうものか知っていたからとかそう言うんじゃない。単純に、どの環境に放り込まれても、冷静でいることが大事だと理解していたから。
だって、そうじゃないと災害が起きたときすぐに死んでしまう。そんな風に生きてきたから。
「すみません、少し目眩がしただけです」
「そう。でも、しっかりして頂戴ね。もう少しで、聖女様の召喚の儀式が始まるんだから。それまでに、それまでにしっかり覚えて貰わないと」
それから、云々かんぬんと喋るメイドの言葉を聞き流しながら、「聖女」と「召喚」の言葉だけを頭の中で考える。
本当に信じられないことだけど、ここは、先ほどプレイしていたゲームの世界じゃ無いかと思った。そして、その聖女というものは、きっと今の口ぶりからして一人目……
(エトワールじゃない?)
ここで、ヒロインの名前、トワイライトが出てこなかったのは、きっとそれだけエトワールに私が執着していたからだろう。彼女を救いたい。ヒロインよりも彼女に幸せになって欲しい。きっと、心の何処かでそう思っていたのだ。その気持ちが、異世界転生という超常現象を引き起こしたのなら……
私は、言われたとおりの仕事をこなして、聖女の召喚まで待った。その時間は、半年ほどだったが、すぐに仕事を飲み込んでこなしていった。こういうのは得意だった。これが、巡だと思うと、彼女だとやっていけない気がした。
(あの子……どうしてるだろう……)
私の葬式は行われたのかとか、あんな変な死に方して、巡は何か思っているかとか、色々思うことはあった。でも、此の世界と、あっちの世界は違うと割り切って、メイドの仕事のいそしんだ。給料は決して高いわけでもなかったが、ゲームも同人誌も何もない世界で、欲しいものはあんまり無くて、おしゃれをしようにも、その値段を見て愕然とし、ただただ貯金する日々だった。
いつかお金は役に立つだろうと言うことだけ、念頭に置いて。
そうして、この世界が私の知っているゲームの世界であることは間違いない、と言うことが分かった。皇太子の存在。皇太子の名前はリース・グリューエンだったから。一度あう機会があり、ゲーム通りだと思っていると、何だか少し様子が違うことに気がついた。初めは、ゲームと現実になった今、リース・グリューエンという男は、私達が知らない男なのかも知れないと思ったが、そういうわけではなかったのだ。まるで、中身が違うように。
また、彼の補佐官というルーメンという男と会話しているところを聞いてしまった。その時、確かに「遥輝」と「灯華」と聞えてしまったのだ。それは、高校時代何度も聞いた名前で、今も尚その人物が誰かと言うことをはっきり思い出せる人物。
(もしかして、あの二人の中身って朝霧君と、日比谷君?)
あり得ない事の連続で、頭がパンクしてしまいそうだった。でも、そうなんだって意外とすんなり受け入れることが出来て、それからまもなくしてエトワールが召喚された。彼女は、ちゃんとエトワールだろうと。彼女は幸せにしてあげようと、何かの縁で、私がエトワールの侍女として任命されていざ顔を合わせてみれば、彼女は私の知っているエトワールじゃなかった。
否、私の知っている人物だったのだ。
「巡?」
私の親友で、心残りだった子がそこにいた。彼女も私が転生していること何て考えてもいなかったみたいで、驚いていた。互いに驚いて、これまでの話をして。私が、真冬の川に同人誌を……と言うことは、知れ渡っていて、葬式も出てと言う話を聞いた。
それからは早いものだった。彼女は、リースの中身が朝霧君ということを知って落ち込みながらも、攻略をと張り切っていた。でも、上手くいかないみたいで、傷つくことも多かった。
この世界にきて、本当にエトワールは何もしていないのに嫌われていた。どうやら、聖女と容姿が違うからと言うそんな理由で。巡……エトワールの心はボロボロになっていったけれど。それでも彼女は強かった。前を向いて、そんな前向きな心が、無意識、無自覚に人に振りまく笑顔や、大胆さが攻略キャラの心を溶かしていった。
私には出来ないことだった。
でも、彼女も私も似たようなものだった。だから、惹かれたんだけど……
「リュシオル、災厄が訪れるから、絶対に聖女殿から出ちゃダメだからね」
「分かってるわ。ありがとう」
扉越しに声が聞えた。同僚のメイドの声。
私達は、聖女殿でエトワールの帰りを待っている。私達は非力なメイドで何も出来やしない。だから、戦場には出向かないけれど、エトワールはいってしまった。帰ってくると約束して。
私には何も出来ない。震えている彼女の側にいてあげなきゃいけないのに……私は。
そんな自分が嫌だった。ここにいて、災厄が過ぎるのを待つしかできない何て出来ない。
何か出来ることをと、私は安全な聖女殿から出ることを決意して立ち上がった。バレたら何を言われるか分からないし、聖女殿の中にも魔物がやってくるかも知れない。何が起るかわからないとも言われた。それでも。
「エトワール様の力になれたら……」
巡としてなのか、悲劇的な運命を辿るエトワールを救いたいからなのか、私は立ち上がって、ドアノブに手をかけた。そうして、ゆっくり扉を開くと、あの時みたいに、白い光が部屋の中に差し込んだ。
「……ッ……――――え」
光が治まり、次の瞬間目を開くと、見慣れた自分の部屋が目に飛び込んできた。