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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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 誰しも人生には転機というものが存在し、その日から劇的な変化を迎える可能性がある。かくいう僕の人生の転機は、どこだったか。カンヌ・ヴェネツィア・ベルリン三大映画祭を総なめし、世界が注目する映画監督だと讃えられた三十代後半の頃だろうか。ふうむ。考えてみたが分からないな。あの頃の僕は、転機なんか迎えた覚えがない。ありのままだった。転機を求めているとしたら、面白い作品を作るよりも金になる作品を作るようになった今だろう。どうやって業界に金をもたらすか。広告塔として優秀な役者を起用するか、客が金を落としそうな流行りのコンテンツを中心に作るべきか、適当に売れている原作漫画を脚本化して新人投資の機会にするか、そんな作品作りにおいては浅ましい金の問題ばかり考えてしまう今さ。だからと言ってまあ、この甘い蜜を啜る生活が嫌なわけじゃない。

 何より楽だし、抜け出す必要ないし……なんて考えていたある日。

「あなたが探していた才能を見つけました」

 清田彩香。七年前からぴたりと連絡が来なくなっていた二回りも年下の弟子。そんな彼女から二月前に突然、そういう連絡があった。僕が探していた才能か。そりゃなんだろう、このどん底から引き揚げてくれるような、何もかもを捧げても良いと思えるような、未だこの業界にない才能のことだろうか。そこまで来ると誰だろう、思いつかない。

 霧島海斗も、篠崎玲奈も、優に超える才能。

気になって聞いてみたら、

「石ノ森聖菜。磨けば光る、誰よりも美しく光るかもしれない原石です」

 出てきたのは、特にSNSをやっているわけでもない、無名女優の名前だった。

 それ以外の情報は、演技が少しできるということだけ。高校演劇で全国に出たことがあるらしい。それも調べ尽くしてようやく出てきた情報だ。

 清田が言うには二十歳とは思えない演技をするらしいけれど……なるほど。

今まさに転機を待っている女優か。そうか、でも。

 時代が悪かったかもね。今の業界には転機を与えてあげるような余裕がない。転機を既に迎えた女優を、才能を求めているんだから。

「それじゃあ、とりあえず右から軽く自己紹介お願いしまーす」

だけどまあ、何の偶然だろう。

 スターアーツビル、十六階。三万人の中から五人までに絞られるこの大オーディションに。

「はい。石ノ森聖菜。二十歳。事務所は無所属で、趣味は映画を観ることです」

 偶然僕が審査員を務めるこの最終審査に、君が現れるなんてね。

 もしかすると君は、今まさに転機の中にいるのかもしれない。

 

 

 スターアーツビルの十六階。真っ白な箱の中と表現するのがピッタリな部屋の中に役者志望が五人と審査員が五人。あたしたち役者志望の人たちの肩書は、何だかしょぼくていずれも審査員の人たちは、代表取締社長から映画監督みたいな聞くだけで凄そうな名前ばかりだ。大オーディション。三万人から選び抜かれた五人、その中にあたしがいるなんて。

 まるで実感がない。確かに地についているはずの足元がふわふわしっぱなしだ。

「緊張すんなーやばくなったら俺が代わってやるからさー」

 けれど、向かいの審査員席に紛れ込んでいる裸男を見て、そのにへら顔にムカつく自分がいるということは、ここが紛れもない現実なのだと実感する。「冗談だ。そんな睨むな……」

「それでは、これからみなさんには即興劇(

エチュード

)をしてもらいます。制限時間は五分」

 審査員席の真ん中、つるつる頭に黒縁メガネで口ひげを生やしたあの人は、確か映画監督さんだった。名前は、どこかで聞いたような気がしたけど、もう憶えてない。そんな彼と一瞬だけ目が合って、けれど特に何事もなく次の指示が続いた。

「お題は、火事――」

「――はい、じゃあ始め」

 何の前触れもなく彼が手を叩いて、芝居が始まる。火事か……火事と言われても、どういう演技をしたらいいんだろう。考えていると、

「大変だ! 火事だ! 誰か救急車を呼んで!」

「私が呼びます! 他のみんなは、逃げて!」

 他の候補者がお題通りの演技を始める。まずい。騒ぎ立てる役をとられてしまった。そのうち、残りの二人も救急隊員だったり近隣住民を演じ始め、あたしだけが現実世界に取り残される。

「はやくあなたも、ここから離れてください!」

そうこうしているうちに救急隊員の子があたしを使い始めた。駄目だ。このままじゃ、即興劇は、演劇をやっていたあたしの得意分野なのに。

 そんなときだった。

 

――聖菜、お前の目の前には燃え盛る炎がある。

 

 裸男の声が耳元でして、

「そしてその炎は、お前が暮らしてきた実家を燃やし尽くそうとしている」

「その光景を、お前はどう受け止める? 失ったものは、この前以上だぜ?」

 ふと、正面を見る。

「え……」

 するとそこには、燃え盛る家があった。黒い屋根に白い壁の一軒家で玄関窓の向こうには、一枚の写真立てが置かれている。それは、あたしと家族の思い出写真が飾られているものだ。

「取りに行かないと……!」

――パリンッ。しかし窓ガラスが突如弾け飛び、その破片が路上へ避難していたあたしの腕に突き刺さる。どろり、腕から血が流れ出す。けれど、そんな痛みなんかよりも、あたしの意識は。

「駄目、よ……あたしたちの、家が」

 母と、父と、妹と過ごした思い出全てが炎に奪われていく。

 何もない田舎町のこの場所が、かつては狭苦しくて抜け出したいと、心の何処かで嫌悪していたこの景色がもう見られなくなってしまう。

 そう思って初めて、自分にとってかけがえない場所だったのだと気が付いた。あたしの足は、無意識に炎の方へと近づいていく。一歩、二歩、肌が焦げてしまいそうなほどに熱い。

「な、何してるの! そっちは、火事なのよ!?」

 そんな静止を聞き流して、歩みを進める。止めることができなかった。黙って見ているなんてできなかった。しかし救急隊員に行く手を阻まれて、あたしはついに何もできなくなってしまう。

「あ、え……あ、あなた、な、泣いて……」

 とめどなく涙が流れて、止めることができない。

 やがてあたしは、その場で膝から崩れ落ちた。そんな自分を見下ろすように炎が轟音のような風音と一緒に火柱を立てる。その様子をただじっと眺めるしかなかった。

 無力だ。炎の前には、何もできない。

酸素が薄くなってきたのか、息が苦しくなってきた。生きている心地がしない。

 そんなときだった。

「はい。そこまで……いやー良い演技だった」

 パチン。乾いた音がして、燃え盛る家の前に映画監督の彼が現れる。そして、この場に似合わないほどの笑顔で手を差し出してくる。

「長い映画史の中でも稀に見る、名演技だったよ」

 ああ。そっか。そうだった。

 これはお芝居だった。

 そう思ったとき、審査員席から拍手が聞こえてきて、即興劇が終わったことを理解する。驚きと感激に満ちた拍手の音は、どうやら自分に向けられたものらしい。

 経験がない感覚だ。自分の演技に賞賛が集まるだなんて。「石ノ森ちゃんだっけ」

「結果が出たら、また会いましょう。僕は、君のような人を探していた」

 夢だと言われても、信じそうな現実だった。

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