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すい
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春の教室は、苦手だ。人の動きが多くて、口がたくさん動いて、誰かが笑っているのが見える。
きっと賑やかなんだろうな。
でも僕には、その“音”が届かない。
ただ映像みたいに流れていくだけだ。
黒板の前に立つ先生が、何か話している。
自己紹介をしろ、たぶんそんなことを言っている。前の席の人が立ち上がって、口を動かす。名前、趣味、よろしくお願いします。そういう流れは、何度も見てきたからなんとなくわかる。
順番が近づく。
ノートをめくる。
「叶です。」
「耳があまり聞こえません。」
それだけ見せて、頭を下げて座る。毎回同じ。これ以上言っても、全部は伝わらないから。
数人が僕を見ている。興味半分、面倒そう半分。すぐに次の人へ視線が移る。
隣の席の人が立ち上がる。さっきからよく動く人。制服は少し崩れていて、姿勢もラフ。いかにも“目立つ側”の人。
口が動く。
速い。雑。読めない。
でも、周りの反応でわかる。たぶん、軽口を叩いている。笑っている人が多い。
苦手だな。
そう思って視線を外す。
昼休み。机の上に置いていたノートを開いたとき、少しだけ手が止まる。
ページが破られている。表紙には、雑な字で何か書かれている。
『人の話聞け』
だから、聞こえないんだって。
そのとき、机が軽く揺れた。誰かがぶつかったらしい。振り向くと、数人の男子。口が動いている。笑っている。速くて読めない。でも、僕の方を見ている。
一人が、わざとゆっくり口を動かす。
「聞・こ・え・な・い・ん・だ・ろ?」
「……」
答えない。答えても、面白がられるだけだ。
弁当を持ち上げられる。視界が追いつく前に、床に落ちる。中身が散らばる。色だけがやけに鮮やかで、現実感がない。
それでも話さない。
話しても気味悪がられるだけだし。
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