「ここの倉庫にトワイライトが?」
アルベドに連れてこられた倉庫は、船の止めてある場所から四番目の倉庫だった。そこは、他の倉庫と同じ作りのようで、色も他と変わらない赤レンガで作られていた。外からじゃ、中の様子が分からない。
「おい、エトワールあまり前に出るな」
「だって、分かったんなら早く突入して」
「殺されたいのか。んなことしたら殺されるだろ」
「でも時間が無いって言ったのはそっちじゃない」
私は分かったのなら今すぐにでも彼女の元に駆けつけたかった。泣いているかも知れないし、もしかしたら酷い拷問を受けているかも知れないと思ったから。だから、今すぐ目の前にあるドアをぶち破って中に突入したかった。
だがそれは、アルベドとアルバに止められる。
勿論冷静さがかけているのは自分でも分かっているし、馬鹿なこと言ったのは分かっている。でも、タイムリミットがあると聞いてさらに焦ってしまっていたのだ。アルバには落ち着いて下さいと肩に手を置かれ宥められてしまう。
「レイ卿、本当にここであっているんですか?」
「俺を疑うのか? 信じるって決めたんなら、俺の事ちゃんと信用して欲しいな」
「そういう話をしているのではありません。ここで会っているかと聞いているのです」
そう、強く言ったアルバに対し、眉をひそめて、苛立ちを表しながらアルベドは低い地響きするような声で「ああ」と応えて、倉庫のドアに手を当てた。
「ここから、本物の聖女様にかけた魔法がかすかに漏れている。だから、間違いねえ」
「そうなの……?」
「……はあ、んな顔すんなよ。エトワール。大丈夫だ、生きている」
アルベドは私を安心させるかのようにそう言葉をかけて、再び私の頭に手を置いた撫でた。
その言葉を聞いただけでも私は一瞬安心してしまった。でも、すぐに今は生きているけどいずれ殺されてしまうかも知れないという最悪な想像が頭の中をよぎる。
(でも、何故聖女を誘拐する必要があるの? 暗殺者とかを仕向けて直接殺すとかじゃなくて……あの時、二人きりだったのに何故?)
疑問と言えば疑問なのである。あの時、迷子になって二人きりになった時、近くに転移魔法が使えるほどの魔道士がいたのにもかかわらず、彼らは私達を魔法で殺そうとしなかった。まあ、それは光魔法と闇魔法が反発するという原理にしたがって、自分たちより魔力を多く持っている者に魔法を当てても当たらない可能性があるからだろう。でも、不意を突けば殺せないこともない。それに、私はまで狙ってきた。だからこそ、引っかかってしまうのだ。すぐ殺さず生かすのは何故か。
生かす理由など彼らには無いようなものだから。
(もしかして、他に何か利用する道があるとか?)
そんな風に考えていると、アルベドが私の考えていることに気がついたのか、満月の瞳を細めると、どうだろうな。と口にした。
「何よ、いきなり」
「いや、お前の考えていることだよ。何故、本物の聖女だけじゃなくてお前まで狙ったのか。護衛もいない状況だったのに襲ってこなかったのか……俺も気になってたからな」
「アルベドはどう考えるの?」
「洗脳」
と、アルベドは私の言葉に対して間も開けることなくそう答えた。
その言葉に私は顔をしかめた。
幾ら聖女とはいえ、弱っていれば洗脳は出来るだろうし、あの怪物の中に入れれば負の感情に押しつぶされそうになったりもする。だが、本物の聖女が洗脳されるだろうか。もしかして、狙いは私だったりしたのだろうか。だったとしたら、先に転移魔法を使うべきは私だったはずだ。だから、あれは確実にトワイライトを狙っていた。
そして、殺さず生かしているのはトワイライトを洗脳するため?
(もしかして、エトワールは闇落ちさせられたのかも知れない。本物のヒロインが現われて心を病んでいって、さらわれてその心の闇を利用されたり……)
いろんな考えが浮かんできたが、アルベドがどういう意味でその言葉を口にしたのか。また、本物の聖女を洗脳することは可能なのかと疑問視か浮かばなかった。でも、トワイライトを殺さず捉えたのは他に理由があるのだろう。
「洗脳って、何かに利用しようって言うの?」
「さあな。ヘウンデウン教の奴らが何を考えているかなんてさっぱりだし、惨すぎて考えたくない。聖女の魔力を搾り取るのかも知れないし、混沌を復活させる宿主にするのかも知れない。まあ、彼奴らの拠点に連れて行かれたらそれまでだってはなし。今は生かされているかも知れねえけど」
そう言って、アルベドは目を伏せた。
彼は淡々と言ったけど、それはあまりにも残酷なことだった。ゲームでは実際にトワイライトではなくエトワールが混沌を目覚めさせるための宿主となった。そうして、攻略キャラ達に殺された。それが今回、トワイライトの役割になったと。
いや、まだ確定ではないし、アルベドはあくまで可能性の話をしただけで、それが本当ではない。だが、言えることは、このイベントはヒロインストーリーにはなかったと言うことだ。物語が変わりつつある。だから、何が起るか分からないと。
(私がエトワールになったから、物語が変わったって事?)
ヒロイン闇落ちルートもあり得ると知り、私は益々この扉を破って突入したかった。でも、アルベドはよしとしなかった。まだ様子をうかがっているようで。すると、アルバが気になっていたと言わんばかりに、アルベドに声をかけた。
「彼らは、ヘウンデウン教の奴らは何処にトワイライト様を連れて行く気なんですか?」
と、アルベドは一瞬アルバの方を見ると、そんなことも知らないかとでも言うようにため息をついた。アルバはその態度に頬を引きつらせていたが、手が出ることはなかった。
「それはな――――」
「ヘウンデウン教の拠点は、奴らによって滅ぼされた国、ラジエルダ王国です」
そう、口を挟んだのはグランツだった。
私達の視線は一気にグランツに集まり、彼は変わらぬ顔で、翡翠の瞳を曇らせて俯いた。アルベドは、目を細め、彼を見ていたが、どうでもイイというように倉庫の方に目を移した。誰かが出てくる気配はなかったため、まだ動いていないようだ。
アルバは、何故グランツがその事を知っているのかと問い詰めた。
「グロリアス、何故知っているのですか?」
「これは、一般常識だと思っていたんですが、騎士の間では」
「ちょっと、それはどういう」
「ま、まあまあ、アルバ、落ち着いて、グランツはたまたま知っていただけかも知れないし、私もヘウンデウン教のアジトについては滅んだ国としか聞いてなかったし、名前なんて知ってるなんてね」
と、私はアルバにフォローを入れつつグランツの方を見た。アルバは、少し彼に挑発されたことを根に持ったのか、私の手を掴んで、グランツの方を睨み付けていた。彼が、アルバを挑発するなんて珍しいと。同じ光魔法の者だし、同じ境遇で相手のこと分かっていると思っていけど、どうやら今回のことはまた違うらしい。
グランツを見れば、彼は悲しそうな表情を浮べており、それ以上話す気はないみたいで口を固く閉じていた。
「その騎士の言ったとおりだ。ヘウンデウン教のアジトはその滅亡した国ラジエルダ王国であってる。この海を越えた先にある国だ。この帝国とも繋がりが多少はあった」
アルベドは付け加えるようにいると、ラジエルダ王国について少し話してくれた。
何でもラジエルダ王国が滅んだのはほんの十年前ぐらいで、国王の妻が裏切ったことにより、ヘウンデウン教が王国内に侵入し、殺戮のまでを尽くしたのだという。裏切った理由は、災厄によって精神が可笑しくなったことにより国王が自分を殺す幻覚にとりつかれていたからだとか。勿論、精神が可笑しくなるまでには、城の中に潜り込んでいたヘウンデウン教の信者に少量の幻覚剤を飲まされていたことによるものだったらしいが、少量でも災厄の影響によって負の感情や人間不信と言ったものが膨れあがった結果、裏切り行為に走ってしまったらしい。だが、自分が幻覚剤を飲まされていたこと、また目の前で第一王子を殺されたことによって目が覚めた彼女は、生き残った第二王子を助けるために命を落したとか。その後、ラジエルダ王国はヘウンデウン教の手に堕ち、その後占領され続けているとか。その話はすぐに世界中に知れわたりラジエルダ王国は他の国からの貿易を完全に遮断されてしまった。だが、資源が元々多かったラジエルダ王国はヘウンデウン教の手に堕ちても尚、すぐに食糧不足や資源不足に悩まされなかったらしい。洗脳に洗脳を繰り返して、他の国にも信者を増やしていったとか。
だから、この帝国から近いラジエルダ王国には誰も近付かなくなったらしい。
そこまで聞き終えて、私はアルベドに尋ねた。
「その、女王が守ったっていう第二王子は今どこに?」
「さあな、もうどっかでのたれ死んでるんじゃねえか? 八歳か、七歳だったらしいからな。助けられたとしても、生き残れた確率は低いんじゃねえか? 周りは海だし国境まで逃げられたかもどうか」
と、アルベドは言って、さてと、と立ち上がった。
「そろそろ突入するか。ここで中の様子をうかがっていても仕方ねえしなぁッ!」
そういうと、アルベドは風の魔法でドアを吹き飛ばした。
(何が慎重に行こうよなのよ! 思いっきし正面突破じゃない!)
今までの時間は何だったのかと言いたいぐらいに、吹き飛んでいったドアを見て、現われた暗い倉庫へ続く道にひゅうと生暖かい風が吹いた。
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