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クマさん、第1話読みました📖 ピアニストを夢見て挫折した主人公が、廃校のピアノと再会するシーン、すごく胸に響きました。特に「左手だけでメロディを奏で始めたときの不思議な解放感」という一文が好きで、完璧じゃなくても音楽がそこにあるって気づく瞬間が丁寧に描かれていて、じんわり温かい気持ちになりました。最後の「新しい章の始まりよ」も、前向きな余韻が残って素敵です。続きが気になります!
私は今でも夢を見る。舞台の上に立ち、スポットライトを浴びる自分の姿を。客席から聞こえる拍手に包まれ、指先から紡ぎ出される旋律が会場全体を震わせる瞬間を。
しかし現実は違う。私のデスクには楽譜ではなく、顧客リストと締め切りの迫った報告書が山積みになっている。
昼休みになると、コンビニのおにぎりを片手に屋上へ向かい、遠くに見える音楽ホールのシルエットを見つめるのが日課になっていた。
「松田さん、またぼーっとしてるの?」
同僚の佐藤さんが声をかけてきた。彼女は私の事情を何も知らない。大学卒業後、地元企業に就職した平凡なOLだと思っているのだろう。
「ちょっと昔のこと思い出しちゃって」
私は曖昧に笑った。
あの事故さえなければという思いは、もう何度目かもわからない。
高校二年の夏、全国コンクールを目前に控えた練習中に起きた転倒。右手首の靭帯断裂。医師からは「プロとして演奏するのは難しい」と告げられ、両親は泣き崩れ、私も涙が枯れるほど泣いた。
「ねぇ、これ見つけたんだけど、松田さんにぴったりだと思う」
佐藤さんが差し出したのは、地元紙の折込チラシだった。「廃校ピアノ無料譲渡」と大きく書かれている。市内の小学校が取り壊しになる際、置き去りにされたアップライトピアノの引き取り相手を探しているらしい。
その夜、私は久しぶりに自分の部屋で眠れなかった。学生時代の写真が入った箱を取り出し、一枚ずつ眺めていく。
コンクールの舞台袖で緊張しながら微笑む17歳の私。そして最後のページを開けた時、ひらりと何かが落ちた。
それは古びた楽譜だった。モーツァルトのソナタ。私が最も愛し、最も恐れた曲。
翌週末、私は小さなトラックを借りて小学校跡地へ向かった。雨上がりの空気の中、埃まみれのピアノを見上げると胸が締め付けられるような懐かしさを感じた。
鍵盤にそっと触れる。弾き慣れた感触ではないけれど、確かに「そこにある」と感じられた。おずおずと左手だけでメロディを奏で始めたとき、不思議な解放感があった。完璧じゃなくても、プロになれなくても、音楽はここにある。
その日の夕方、近所のお年寄りたちが集まってきて、「久しぶりに音色が聞けて嬉しい」と言った。中には涙ぐむ人もいた。
帰り道、私はふと思う。もしもあの時、将来の夢が叶っていたら良かったのに。
いや、そんなことを、考えることを辞めよう。今の私は、ピアニストの夢を失っただけじゃない。別の形の幸せを見つけているのだ。
次の休日、私は近所の子供たちを集めて小さなピアノ教室を開いてみようと思う。かつて私自身が憧れた、音楽で満たされた空間を作ろう。
窓辺に置いた楽譜を撫でながら、私は静かに呟いた。
「新しい章の始まりよ」