正直、今はまだ、彼を心から愛して、自分の愛で目覚めさせてたいとは思えていない。
私の心を燃え立たせているのは、怒りだ。
こんなに優秀で気遣いのできる人が、なぜ虐げられてトラウマを抱き、自分を過小評価しているのか。
愛され、求められて当たり前なスペックを兼ね揃えているのに、尊さんは自己肯定感が低すぎる。
それを見直させ、「自分は凄い人だ」と思わせてやりたいという気持ちが、私を突き動かしていた。
――やっぱり、恋は戦いだ。
――絶対に負けたくない。
同時に「この人を幸せにできたら、私も本当の愛を知って幸せになれるかもしれない」と感じていた。
本当なら誰かを好きになったら自ずと愛を知り、無条件で幸せを感じられるだろう。
でも私は心から誰かを愛し、夢中になった事はなかったし、ささやかな家族愛や恵と過ごす時間以外に幸せを感じ、満たされた事もなかった。
昭人に強い未練を抱いていたのは、彼を心から愛していたからというより、九年一緒にいた相棒を失った喪失感からだ。
付き合っていた当時、昭人から熱烈に愛されていると感じた事はなかったし、彼を想って切なさのあまり涙を流す事もなかった。
告白されて付き合い、ただ家族のように寄り添って一緒に過ごしてきただけ。
それでも、昭人は私にとってとても大切な人だった。
尊さんは複雑な家庭環境が原因で自分を愛してくれる女性に恵まれず、三十二歳の今日まで生きてきた。
(私たち、多分似た者同士だ)
私は溜め息をつき、一口大にカットされたお肉を食べる。
美味しい。
……けど。
私は悔しさのあまり涙を流しながらモグモグと口を動かし、ゴクンと嚥下して溜め息をつく。
尊さんはそんな私を見て、申し訳なさそうに謝ってきた。
「……悪かった。お前とデートしたくて飯に誘ったけど、こんな話をするもんじゃなかったな」
彼はグスッと洟を啜った私の背中を、ポンポンと叩く。
「……いえ。タダ飯ですし」
私は夜景を睨んで言い、もう一つお肉を口に入れる。
「ははっ、お前のそういうところ好きだよ。生命力を感じる。朱里はどんな状況になっても、諦めずに這いずって進む泥臭さがある。……俺はそういう『何が何でも』っていう意志の強さがないから、自分に欠けたものを持っているお前に惹かれたのかもな」
そう言って、尊さんは笑う。
多分彼はどんなにつらく理不尽な事が起こっても、こんなふうに軽く笑って受け流してきたんだろう。
そんな彼が哀れで、愛しかった。
「……いつか、ちゃんと笑えるようになれたらいいですね。私が笑わせてあげたいです」
私の言葉を聞き、彼は一瞬驚いたように瞠目する。
そしてシニカルに笑い、ポンとまた私の背中を叩く。
「そうなれたらいいな」
彼はそれ以上、自分の話をしなかった。
恐らく、彼にまつわる〝事情〟は色々あると思う。
けれど一度に言っても私を混乱させ、せっかくの食事を台無しにすると思ったのか、もう今日は何も言わないと決めたようだった。
食後は苺を使ったデザートが出て、口内の脂を払拭するような爽やかなそれを堪能する。
尊さんはあまり甘い物が得意じゃないらしく、「食べるか?」と自分の分も私に譲ってくれた。
すっかり食いしん坊認定されて恥ずかしいけど、甘い物は別腹だし、今さら恥じらっても仕方がない。
「このあとどうする? 帰るか?」
食後のコーヒーを飲んでいると尊さんに尋ねられ、私は夜景を見ながら答えた。
「……私の話を聞いてもらってもいいですか?」
「勿論。どこにする?」
「じゃあ、ホテルで。ラブホでいいですよ」
「初めてお前とホテル行くっていうのに、安く済ませたくねぇよ」
尊さんはそう言ってから私の頭を撫でる。
「酔ってないか? 飲ませるような事を言ったのは俺だけど、白も赤もカパカパいってたな」
「お高いワイン、美味しかったです」
「お前は酒が強くて頼もしいよ」
尊さんは笑い、コーヒーをもう一口飲んだ。
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コメント
2件
複雑な家庭環境の中で育った 似た者同士の二人....😢 お互い 本音で語り合って、より絆を深め合えたら良いね🍀
朱里ちゃん安心して話せるね! そして2人で幸せになる第一歩を踏み出そう!!!🌈♥️✨