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お昼休みにおにぎりを完食した後の、五限目の体育。
外はあいにくの雨で、学年合同の授業は体育館で行われていた。
「……朱里、こっち手伝え」
バレーボールのネットを張る作業中、治くんに袖を引かれた。向かったのは、体育館の隅にある薄暗い用具室。
跳び箱やマットが積み上がった独特のゴムの匂いと、埃っぽさが混じった空間に、二人きりで足を踏み入れる。
「……治くん、ボールなら外にあるよ?」
「……ボールやない。おにぎりの感想、まだちゃんと聞いとらん」
治くんはガラリと扉を閉めると、私の背中を跳び箱に押し付けるようにして距離を詰めた。
至近距離。
運動着から覗く彼の首筋には、練習前だというのに微かな熱が宿っている。
「……美味しかったよ。本当に、治くんが作ったの?」
「……信じてへんの? 指、火傷しそうになりながら握ったんやぞ。……朱里の味に、似とった?」
「……うん。びっくりした。私の隠し味、知ってたんだね」
私が少し照れくさくなって視線を逸らすと、治くんは私の顎を指先でクイッと持ち上げた。
スナギツネのような細い瞳が、今は獲物を完食する前の、ひどく飢えた色をしている。
「……似とったなら、合格やな。……じゃあ、お礼。……言葉だけじゃ足りひん」
「えっ……お礼って……」
「……おねだり。……俺が握ったおにぎりの分、朱里の『熱』で返して」
彼は私の腰をグイッと引き寄せると、耳元に顔を寄せた。
熱い吐息が耳たぶをかすめる。
「……っ、治くん、みんな外に……」
「……聞こえへんよ。雨の音、うるさいし。……なあ、一口だけでええから」
彼が私の唇に触れようとした、その時。
「あーーーっ!! 見つけた! 治、自分だけ朱里ちゃんと用具室でコソコソ何しとんねん!!」
扉が勢いよく開いた。
そこには、バレーボールを抱えた侑くんと、その後ろで冷静にスマホを構える角名くんが立っていた。
「……ツム。お前、ほんまに死ね。……今、一番ええ具材(ところ)やったのに」
「具材って何やねん!! 卑猥やぞ!! 朱里ちゃん、こいつに毒盛られてへんか!?」
「毒やない。……愛や。……角名、今のツムの『不法侵入』、録画しとけ。後で北さんに突き出す」
「了解。いい絵が撮れたよ」
角名くんは淡々と頷き、パニックになる侑くんを引きずってコートへと去っていった。
再び訪れた、静寂。
「……あーあ。邪魔ばっかり。……朱里、続きは放課後な。……次は、一口じゃ済まへんから」
治くんは私の髪を一度だけ乱暴に撫でると、何事もなかったかのように用具室を出ていった。
残された私は、跳び箱の上で、高鳴る鼓動を抑えることしかできなかった。