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放課後の校門を出る頃には、雨足はさらに強まっていた。アスファルトを叩く激しい音が、下校する生徒たちの声をかき消している。
「……朱里、傘忘れたん?」
校舎の軒下で途方に暮れていた私の隣に、銀髪を少し濡らした治くんがふらりと現れた。彼は大きな黒い傘をパサリと広げると、無造作に私の肩を引き寄せる。
「あ、治くん。……うん、予報見てなくて。バス停まで走ろうかなって」
「……アホか。風邪引くわ。……ほら、入れ。送ったる」
断る間もなく、私は彼の傘の中に閉じ込められた。
一歩踏み出すたびに、二人の肩がぶつかり合う。傘を叩く雨音のせいで、世界に私たち二人しかいないような錯覚に陥る。
「……治くん、近いよ。濡れちゃうからもっと離れて……」
「……離れたらお前が濡れるやろ。……俺のことはええから、もっとこっち来い」
治くんは私の腰に腕を回すと、さらに強く自分の方へ引き寄せた。
バレー部員らしい、がっしりとした体温。
雨の匂いの中に、彼がいつも食べているお菓子の甘い香りが微かに混じる。
「……あ、コンビニ寄ってええ? 新作のアイス、今日発売やってん」
「えっ、この雨の中でアイス……?」
「……雨の日こそ、冷たいもんが美味いんや。……ほら、行くで」
立ち寄ったコンビニ。治くんは迷わず期間限定の「濃厚キャラメルアイス」を二つ手に取った。
店を出て、再び一つの傘の下。
彼は器用に片手でアイスの蓋を開けると、スプーンですくって私の口元に差し出してきた。
「……はい、あーん。これ、絶対美味いから」
「……っ、治くん、外だよ……」
「……ええやん。誰も見てへん。……ほら、溶けるで」
私は恥ずかしさに耐えながら、一口、そのアイスを口に含んだ。
とろけるような甘さと、ほろ苦いキャラメルの味。
「……美味しい。……すごく、甘いね」
「……おん。……でも、俺にはちょっと『毒』やな」
「えっ……毒?」
治くんは自分の分を食べるのを止め、立ち止まって私をじっと見つめた。
スナギツネのような細い瞳が、暗い雨空の下で、ひどく熱く光っている。
「……朱里がそんなに美味そうに食うと、俺、アイスより朱里の『味』の方が気になってまう。……これ、かなりの猛毒やわ」
彼はそう言うと、私の口元に残ったキャラメルを、親指でゆっくりと拭った。
そのまま、その指を自分の唇に寄せる。
「……っ、治くん!!」
「……甘。……朱里の隠し味、やっぱり最高やな」
彼がさらに距離を詰めようとした、その時。
「あーーーっ!! 見つけた! 治、自分だけ朱里ちゃんと相合い傘で高級アイス食うとか、卑怯極まりないぞ!!」
反対側の歩道から、びしょ濡れの侑くんが猛ダッシュで突っ込んできた。
後ろには、フードを深く被った角名くんが「雨の中、元気な双子だね……」と呆れた顔で続いている。
「……ツム。お前、ほんまに……死ね。……今、一番甘い具材(ところ)やったのに」
「具材って何やねん!! 朱里ちゃん、こいつのアイスに惚れ薬入っとるから気ぃつけや!!」
「……惚れ薬は入ってへん。……俺の『執着』が入っとるだけや。……角名、ツムを雨の中に放置しとけ。帰るで、朱里」
治くんは侑くんを無視して、私の手をギュッと握ると、相合い傘のまま歩くスピードを上げた。
繋いだ手から伝わってくる、アイスよりも熱い、彼の温度。
「……朱里。……家着くまで、絶対離さへんからな」
雨の音に紛れて聞こえた、独占欲たっぷりの声。
相合い傘の下、二人の「甘い毒」は、誰にも邪魔されない場所へと溶け出していった。