朝のチャイムが鳴る前、教室にはもう僕の姿があった。
黒板の文字は昨日と同じ位置に書かれていて、窓際の席の埃の形も変わっていない。
だけど───時計の針だけが、昨日より一分遅れている。
僕は、手帳を開いた。
左のページには「10月24日 木曜日」と書かれている。
右のページにも、同じ文字。
そして、ページをめくるたび、どの紙にも同じ日付が並んでいた。
何度見ても、同じ日。
それが当たり前のように思えてきた自分が、一番怖い。
◆◇◆◇
「ファントム、今日の放課後、また一緒に帰ろ?」
振り向くと、笑顔の彼が立っていた。
名前は……なんだっけ。
毎日聞いているはずなのに、喉の奥で引っかかる。
声は優しくて、僕にだけ特別みたいに聞こえる。
でも、その笑顔を見ると、胸の奥がぎゅっと痛む。
“僕が忘れてはいけない人”の笑顔と、同じだから。
────
昼休み、僕は鏡を見た。
そこに映る自分は、少しだけずれていた。
唇の動きも、まばたきも。
まるで、映像が一拍遅れて再生されているみたいに。
───コピー。
そんな言葉が浮かんで、僕は鏡から視線を外した。
僕は、本物じゃないのかもしれない。
でも、“誰のコピー”なのかが分からない。
────
放課後、校舎を出る前に、彼が僕を呼び止めた。
「ファントム。……本当に、覚えてないの?」
「え?」
その瞬間、世界がノイズに包まれた。
ざらつく映像。カメラの赤いRECランプ。
ノイズの中で、誰かが泣いていた。
小さな僕が、真っ暗な部屋で「ごめんなさい」と繰り返していた。
映像が切れた。
気づけば、僕はまた朝の教室にいた。
黒板の文字は昨日と同じ。
窓際の埃も、同じ形。
◆◇◆◇
何度目かの“10月24日”が始まる。
だけど、僕はもう知っている。
このループは、神様の罰なんかじゃない。
──僕が「誰かを忘れた」ことへの罰だ。
────…
その日の終わり、ノートの端に震える手で書いた。
「僕は、僕のことを、信じられない。」
コメント
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謎に包まれた幕開けですね――… 主人公は誰かのコピーなんでしょうか? それなら本当の彼はどこにいるのか……… 気になるところです😲