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……葬儀から数日が過ぎて、業務終わりの挨拶をしに来た彼女へ声をかけた。
自分の気持ちにも、いい加減にけりをつけなければならないと感じていた。
──家へ呼び、こんなことを話すべきなのかとも思いつつ、
「……。……こないだは、あなたに泣きつくような真似をして……」
と、切り出した。
「……泣き顔を誰かに見せるつもりはなかったのに、あなたに見られてしまうなど……」
黙って聞いてくれている彼女に、気持ちとは裏腹に話すのが止められなくなる。
「……あの後、母には咎め立てられました……葬儀の場を離れるなどと……」
こんな風に誰かに本心を話したようなこともなく、心情を吐き出す躊躇いから指を何度も組み替えずにはいられなかった。
「……私が、どれだけ……父を亡くしたことが、どれほど堪えたのか……」
会って食事をしたばかりだった、父の優しかった笑い顔が浮かんだ。
「……父を失った悲しみの、私にはやり場もなくて……」
なぜ、もうあの人はいないんだろうかと……
「また業務に戻れば、忘れていけるとも思っていたのに……喪失感は、より強くなるばかりで……」
受け留め切れない気持ちが喉を苦くせり上がり、ふーっと長く息を吐いた──。
「……昔から、ずっとそうだったんです……。 ……私の家では、母もそして既に亡くなった祖父までが、いずれは医者の家系を継ぐために医学部へ進むことを強要するばかりで……」
ずっと負い続けてきた、厳格で逃れようもなかった家庭事情を語りながら、こんな話は誰にもしたことがなかったのにと頭の隅では思っていた。
「……家では得られなかった愛情を、私に与えようとしてくれたのが、父だったんです……。……外から婿養子として入った父だけが、優しく言葉をかけてくれて、家の厳しさから護ろうとしてくれていました……。
……だから、いつも何かことあるごとに、私は父に頼って、そうして導いてもらってきたんです……なのに、その父が突然に……」
『私も、いつまでおまえをこうして助けてやれるか、わからないから』
そこまで話して、不意に父の言葉が蘇り、堪え切れなくなった涙が頬を滑り落ちた。
「……あの父がいなくなることなど、私には、到底信じられない……」
もう、感情の昂りを隠すことさえもできなくなっていた。
人前で泣いた経験などはなかったのにと、そう思う間にも涙は止まらずに流れた。
「先生……」
呼んで、そばに寄り添った彼女が、
「泣かないで……」
と、 涙のつたった頬にそっと手の平をあてがうと、肩がびくんと打ち震えた。
彼女の手から伝わる温かみが、胸にじんと染み入るようだった……。