「…………分かった。二人の幸せのためならどんな協力も惜しまない」
悄然として言う亘さんを前にして、私はどうしても我慢する事ができなかった。
「……自社の社長に、暴言を吐く事をお許しください」
私が固い表情で言ったからか、亘さんは苦笑いする。
「今は〝社長〟は抜きで考えてくれ。君は尊の婚約者だ。不甲斐ない義父に言いたい事があるなら、ハッキリ言ってくれて構わない」
何を言われても受け入れようとする弱々しい顔は、リーダーシップのある辣腕経営者とは思えない姿だった。
「事情は教えてもらったので、ある程度の事は分かっていますし『今さらグチグチ言っても仕方がない』って理解しています。……でもどうして、こんな事態になるまで尊さんを放置していたんですか? この状況を作ったのはご自身だと、分からないはずがないでしょう」
隣に座っている尊さんが、テーブルの下で私の手をそっと握る。
「お前はいいから」と思っているのは分かるけれど、私だって尊さんの事が大切だ。
夫になる人がずっと不遇な目に遭っていたと聞いて、口を挟まずにいるなんてできない。
「……すまない。すべて私の弱さゆえだ」
亘さんは申し訳なさそうに言い、視線を落とす。
「さゆりは高校時代の後輩だ。生徒会で出会って意気投合したあと、結婚するつもりで付き合い続けてきた」
さゆりというのは、尊さんのお母さんの名前だろう。
「彼女ほど私の気持ちを理解してくれる人はいなかったし、優秀な秘書はいなかった。……だが両親が私とさゆりの結婚を許さなかった」
やっぱりそうなるのか。
私はそっと溜め息をついた。
風磨さんとエミリさんは自分たちに重ねているようで、神妙な表情をしている。
「その時、私が自分の意志を強く持ち、彼女と結婚していたら、未来はもう少し違っていたかもしれない。……だが、風磨の存在を否定する事は言いたくない」
確かにそうだ。
私だって『母が再婚しなかったら何か違ったかもしれない』と思う事はあったけど、母の選択や幸せを否定したくない。
否定したとして、何かが変わる訳じゃないし。
「……最終的に私は両親の言葉に従い、見合いで怜香と結婚した。彼女はとてもいい妻になってくれた。……だが彼女との間に跡継ぎになる風磨が生まれ、気持ちが緩んでしまった。愚かにも、私は結婚後も頻繁にさゆりの所に通い、彼女との間にも子供がほしいと望んでしまった」
私の隣で、尊さんが溜め息をつく。
恐らく『結婚したなら他の女に目移りしてんじゃねぇよ』と思っているのだろう。
けどそうなれば、彼は誕生しなかった事になる。
すべて過ぎ去った事で、今さら何を言っても仕方がない。
全員分かっている事だけれど、つい文句を言いたくなる。私だって同じだ。
「風磨を産みたての怜香は、育児に掛かりっきりだった。私はその間もさゆりの所へ通ってしまった。最低の夫だという自覚はある」
本当に最低だと思います。
そう思った時、春日さんが口を挟んだ。
「尊さんにはとても失礼な話ですが、さゆりさんも亘さんを喜んで受け入れていましたか? 亘さんが結婚したのは分かっていたと思いますが」
彼女に問われ、亘さんは視線を落としたまま気まずく黙り込む。
その姿を見て、春日さんは表情を険しくさせる。
「……まさか……。無理矢理迫ったんですか?」
低い声で尋ねられ、亘さんは俯いたまま唇を震わせる。
彼の姿を、尊さんは暗い目で見つめていた。
「……っどうしても、愛する女性との間に子供がほしかった。さゆりは私のすべてだった。彼女のいない人生など考えられない。…………何と言われようが、私は自分の行動を後悔していない。彼女は私の立場が悪くなるのを怖れて会う事を避けていた。しかし問いただせば『本当はあなたと結婚したかった』と言ってくれた。だから……っ」
皆が大きな溜め息をついた。
一言でいうなら「アホ」だ。
結婚したあとに他の女性を見なければ、今こんな混乱は起こっていなかった。……尊さんも産まれなかった訳だけれど。
でも人は皆、過ちを犯す。
愛しているから求めてしまうし、好きな人との間に子供がほしいと望んでしまう。
大企業の社長だって人だ。
経営者や有名人は、私生活にいたるまで、すべてが模範的であるべきという法律なんてない。
愛する事が罪?
間違えた関係の果てに産まれた尊さんは、悪の化身?
…………そんな訳あるか!
私は涙を拭い、顔を上げる。
コメント
3件
その愛する 大切な女性は 貴方のせいで恨みを買い無惨な死に方をし、その子供まで酷い扱いを受けているのですよ....😢
さゆりさんは正しい考えの方なんですよね。 クソ。。。((゚Д゚ メ ) 無理やり襲いやがってε-(´Д` ;) ってなるわな~😣
そうだよ!そんな訳あるか〜っ! 弱いとかの問題でもないっ!!! 春日ねぇさんナイスジョブ👏