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31 - Case4-01 亡き父へのご報告

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2024年12月23日

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紅葉も見頃を過ぎ、イチョウの葉は黄色く色づき始めていた。

あれから、俺と神津の関係は変わらない。相変わらず、神津は依頼で忙しく逆に俺は暇をしていた。

変わったことと言えば、事務所にグランドピアノが届き、一体誰からだろうと思えば、神津の母親の蓮華さんからのプレゼントだった。プレゼントにグランドピアノとはさすが、金持ちだと思った。思えば、蓮華さんとは神津以上に長い間会っていない。神津曰く、今でも凄く美人で自慢の母親らしい。

そんな母親からのプレゼントだったというのに、神津は浮かない顔をしていた。だが、俺が一曲引いてくれと言えば、快く承諾してくれて真っ白な鍵盤にその細長くも力強い指を置いて鍵盤を叩いた。何を弾いているかは聞いている最中は分からなかったが、聞いたことあるような曲で、弾き終わった神津は「バッハのメヌエット BWV Anh.一一六」だと教えてくれた。曲名を聞いてもピントは来なかったが、メヌエットという単語だけはしっていた。まあ、それでも詳しくは知らないのだが。



「わー寒い、もう冬だね」

「若干、秋が残ってるから、実質秋だろう」

「寒かったら冬!」



と、神津は、俺の脇の下に手を滑り込ませて、そのまま抱き着いてきた。確かに少し冷えていたが、そこまで寒さは感じなかった。それに、神津の方が体温が高いのか、暖かかった。神津は甘える猫のように頬を擦り付けてくる。その行動が可愛くて、それでいて、恥ずかしくて離れて欲しかった。


とくに、父親の墓の前では。

俺は、父親の墓の前まで行き、しゃがみ込んだ。それから手を合わせ、ゆっくりと神津の方に視線を向ける。

すると、彼女は俺の行動に気づいたのか、ゆっくりとこちらに近づいてきた。



「どうしたの?」

「いいや、お前は?」



と俺が聞くと、神津は小さく首を横に振った。


そして、俺の隣に同じようにしてしゃがみ込み、手を合わせる。

俺は、墓石に向かって口を開いた。



「わりぃ、親父。俺は、親父みたいになれなかった。それどころか、周りを不幸にして……ほんと、情けねえよ」

「春ちゃん?」



ギュッと唇をかむ。

会わせる顔がないような気がした。父親の背中を追って頑張ってきた日々が、たった数ヶ月で打ち砕かれて、辞職して。それぐらいでへこたれるなと言われそうだが、俺には耐えられなかった。

隣で手を合わせていた神津はどうしたの? と再び聞いて、俺の顔をのぞき込もうとしたため俺は立ち上がった。今、顔を見られたくない。きっと情けなくて子供みたいな顔をしている。甘えたことがなかったから、愚痴を言ったことがなかったから……それでも、頑張ったんだよ、と本当は褒めて欲しかった。今でも子供だと、そんなことを神津に悟られたくなかった。

ふぅ……と吐いた息は白く、鈍色の空を見上げて、その寒さをより感じた。まだ雪は降らないだろうが、確かに思えば神津の言うとおり寒い気がする。

カイロなど持ってきていないため、暖を取る手段がない。



(かといって、神津にはくっつけねえしな……)



ちらりと、神津を見ればどうしたのかと目を丸くしていた。



(いや、ダメだ。調子に乗る)



俺はそう思い、ポケットに手を突っ込んだ。それを、神津は残念そうに見つめていた。



「んだよ」

「手、繋いだら温かいのに」

「表面は空気に当てられるだろうが」

「僕の手、温かいよ?」



と、神津は言って俺に手を差し伸べてくる。先ほど寒いといって俺で暖を取っていた人間とは思えなかった。


だが、神津の手は温かいため、握っていればその内温かくなるのではないかと期待してしまい、俺はポケットから手を出そうとした。



(って、待て! 絶対、恋人つなぎしてくる奴だろ!?)



俺はそこで踏みとどまった。

神津の事だ、寒いと俺がいったことを良いことに、恋人つなぎをしてくるはずだ。と一体自分の恋人のことを何だと思っているんだと、恋人同士なのにそれぐらいいじゃないかと言われたらそれまでなのだが、こっぱずかしくて繋げない。そういう可能性があるような気がして、俺は頑にポケットから手を出さなかった。いつもは不意打ちで繋がれるため、俺からは絶対に繋がないし、繋がれまいと深くズボンに突っ込む。



(まあ、別に嫌じゃないんだけどな……むしろ、嬉しいというかなんと言うか……でも、素直に喜べないというか……)



神妙な面持ちで考えている俺を見て、神津は差し出した手をゆっくりと引っ込めて、「寒いね」と笑っていた。



「そうだな。墓参りもすんだし、帰るか」

「ね、春ちゃん、帰りに何か甘いもの食べに行かない?」

「甘いもの?」

「僕のおごりでいいからさ」


と、神津はウインクをした。


そういうことなら話に乗ってやらないでもないと思った。俺が甘いものを好きだと知っているから、そんな提案をしてくれるのだろうと、嬉しく思いつつ、帰りにあのイチョウの木を見に行きたいといったら、神津はそれも快く受け入れてくれた。



「イチョウか~あんまり見ないから、楽しみかも。ほら、前に行ったときは翠色だったし」



神津は、イチョウを見に行くのが楽しみなのか、俺がいきたいといったから誘われたと思って喜んでいるのかどっちかは分からなかったが、笑みを浮べていた。全く子供みたいだなあと思いつつ、歩いていると後方から聞き慣れた声で、声をかけられた。



「おっ、明智じゃねえか」



振返ればそこには、赤いジャンパーを着た高嶺と、寒そうに水縹色のマフラーに顔を埋めた颯佐が俺たちに向かって手を振っていた。



「お前ら、何でここに?」



偶然の再会に、俺は驚きつつも、何故彼らが墓地にいるのか分からなかった。まあ、誰かの墓参りだろうと言うことは予想できたが、一体どっちの誰のだろうと、少し不謹慎なようなことを考えてしまう。それに、ここは捌剣市の寺にある墓地のため、双馬市出身である彼らがここにいるのは珍しいと思ったのだ。

因みに、俺と神津の両親は二人とも生まれも育ちも捌剣市である。



「颯佐の親父の墓参りにな」

「そ、そ……くしゅんっ。うー寒い」



俺たちの疑問に答えるように高嶺は説明してくれたが、墓参りに来た本人である颯佐は寒くてそれどころじゃないようだった。俺もかなりの寒がりだが、颯佐ほどではないため、寒くて死んでしまいそうな彼を見ていると、こっちまでつられてくしゃみをしてしまいそうだった。本当に颯佐は冬になるといつもこんな感じなので、大丈夫だろうかと心配してしまう。

そんな彼の様子を見かねてか、隣にいた高嶺が背中をさすった。



「実は、オレの父さんと母さん元々は捌剣市出身で、あのヘリ場もじいちゃんがじいちゃんの友達から借り受けてそのまま使っている場所だし。オレが生れる際に双馬市の方が何かと便利だーってことで家族で引っ越したんだ。だから、オレもどっちかっていったら捌剣市の人間」



と、颯佐は寒そうにVサインをしてにへらっと笑った。


俺はその話を聞いて、颯差の父親が捌剣市の墓地に眠っていることに納得した。元々、この周辺に住んでいたのだろうと予想し、神津と顔を見合わせた。

となると、俺と神津と颯佐は両親が捌剣市の人間と言うことになる。別に、これと言ってどうと言うことではないが、少し運命を感じるというか、この犯罪街と言われている捌剣市の血が流れているのかと思うとあまりいい気はしない。

別にこの街に恨みがあるというわけではないが、不吉だと思ってしまう。毎日のように事件が起きていると思うと。



「そういや、高嶺はどうなんだよ」

「どうって、ああ、父ちゃ……父さんと母さんが何処出身かって話?」



高嶺は父ちゃん。と言いかけて言い直したようで、頬をかいてそう答えた。気にしなくていいのにと思いつつ、俺はその事には触れず首を縦に振る。

そういえば、そういう話は高嶺とも颯佐ともしなかったなあと思った。

地元の話などそこまで盛り上がらないと思ったからか。成人を迎えて、住む場所が変わってからは、少し地元愛が目覚めたというか、芽生えたというか。たまには、実家に帰っても良いんじゃないかと思うようになった。悪しからず。



「俺んところは、皆双馬市出身だな。父さんの実家は、双馬市でも捌剣でもねえ、遠くらしいが、双馬市は住みやすいんだとよ」



と、高嶺は言うと、わざとではないのだろうが、颯佐が「ミオミオだけ、仲間外れ~」といったので、高嶺は颯佐の頭を両側から握り込んだ拳でぐりぐりと攻撃していた。痛そうだと思いつつ、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。



「ミオミオ! 暴力反対!」



颯佐はそう涙ながらに訴えていたが、高嶺は何故か機嫌を良くしてうりうり。とさらに颯佐を虐めていた。

それにしても、俺と神津、颯佐が同じ出身地というのは何かの縁なのかもしれない。そして、颯佐の言うとおり高嶺だけが親の出身が違うと言うことも。

それでも、親が颯佐が生れる前に双馬市に引っ越したため、高嶺は颯佐と出会い、幼馴染みという関係になったのだし、人生どういう巡り合わせがあるか分からないといったものだ。

そうして、満足したのか高嶺はようやく颯佐から手を離すと俺たちの方に向き直った。



「そういや、さっきイチョウ見に行くっていってたよな。俺たちも一緒にいって良いか?」

「高嶺達もか?」

「えー冷たいこと言わないでよ、ハルハル。オレ達の仲じゃん」



と、俺に引っ付いてくる颯佐。


確かに、俺たちの仲だと言えば仲なのだが。

俺は、自分はいいが神津はどうなんだと見てみれば、神津は怒った様子もなく、何故かニコニコとしていた。いつもなら、機嫌が悪くなるのに。



(まあ、こいつのなかで何か吹っ切れたのかもな)



神津はこの間の件で、高嶺や颯佐の事を認めたのかも知れない。俺の友人であると、恋敵ではないと。神津の中の嫉妬を向ける対象から外れたのだろう。

そうして、俺たちの関係を微笑ましいといった。



(こいつらが振り回してくれたおかげで、神津は明るくもなったし)



俺はそう考えて、高嶺と颯佐を見た。彼らの赤い瞳と蒼い瞳と目が合って俺は笑った。

この二人に感謝しないとな。

そう思って、俺は神津に視線を戻した。すると、神津はまだ機嫌が良いようで口元に手を当てて笑っていた。



「そんじゃ、これ以上寒くなる前に移動すっか」



と、高嶺の掛け声と共に俺たちは歩き出した。


俺は、先を行く高嶺や颯佐、神津の背中を見送りながら、ふと立ち止まり父親の墓を見た。声が返ってくるわけでもないのに、そこに父親がいるような気がして。

俺はギュッと父親のスーツを握る。シワになってしまうと慌てて外し、もうやる必要もないのに、墓の前で敬礼した。



「もう、警察官はやめちまったけど、親父の正義感だけは受け継いでいるつもりだから。よければ、見守ってて下さい」



そう言って、俺は「春ちゃん、何してるの?」と遠くで俺の名前を呼んだ神津の元に向かって走り出した。

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