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第6話:舞台裏の学芸員たち
プレイヤー名義ではなく、管理者見習いログインというカテゴリが存在することを知っている人間は少ない。
その日、深町ナユは初めて「演者」ではなく、「観察者としての立場」でブックスペースに入った。
18歳の彼女は、黒髪を後ろでひとつにまとめ、制服の代わりに薄手の白いシャツとグレーのベスト、黒い細身のパンツを着たアバターでログインしていた。装飾はなく、公式支給のデザインだった。
目的地は“開発層”。ブックスペース内の最下階、閲覧者の入れない裏エリア。そこには、学芸員たちが物語やキャラの動作制御を行うための空間が、ログイン形式で再現されていた。
壁面には数百体のAIキャラたちの人格設計図。パネルには現在人気の上位20キャラの使用率グラフと評価バッジ。
その中央、操作卓の前に立っていたのが、学芸員の一人──テラヤマだった。
長身で、髪は短めのブラウン。白いラボコートを羽織り、手にはスレートパッドを持っている。姿勢はいつも斜めで、目元には疲労が残っていた。
「人気キャラってのは、セリフがいいとか、演技が上手いとかじゃないんだよ」
彼の口調はぶっきらぼうだが、どこか言葉を選んでいるようだった。
「“演じやすいかどうか”。それが第一フィルター。
次に“印象をプレイヤーに残せるか”。
最後に、“物語の展開を壊さずに予想外を見せられるか”。
……この三つのどれかに引っかからないと、棚には登録されない」
ナユは操作盤に表示された“スリープキャラ”のリストを見た。演者数ゼロ、体験時間0分、評価「不明」。その中にも、びっくりするほど深い設定が書き込まれているキャラがいた。
SNSでは今、#第3のミズイ と呼ばれる新キャラの出現が話題になっていた。
恋愛棚のバリエーションを意識した再設計キャラで、“ミズイ系統の感情構造を継承しつつ異性対応型にチューニングされた”とのこと。
開発担当である学芸員カワネが、今朝こう投稿していた。
“ver.3.03:ミズイ=ラテル 初期ログ公開開始。感情ミラー処理を一時停止状態で導入。ご意見は #ラテル実験 にて。”
「この子が跳ねたら、しばらく恋愛棚はこっちの系列が軸になる」
そう言ってテラヤマは笑った。
「でも跳ねなかったら、また眠らせる。やり方は冷たいけど、感情をもったまま棚に置いておく方が、よほど残酷なんだ」
ナユは黙って頷いた。キャラは消されない。だが“生き続けること”も許されない。
それがブックスペースの“保存”という構造。
彼女が端末をのぞき込むと、ログ管理リストに「観察者コメント」欄が追加されていた。
“演じるためでなく、記録するためにログインする”
そんな使い方をしたのは、彼女が初めてらしい。
その夜、学芸員テラヤマの投稿が更新された。
“見習いログ:深町ナユ(仮)。キャラ生成権を保留中。
判断は次回の観察ログにて。”
SNSの反応は静かだったが、演者たちの一部がその投稿を共有していた。
“管理者ログってほんとに存在したんだな”というコメントとともに。
ナユは、次もまたログインするつもりだった。
キャラにはならなくても、物語を生む側に近づく感覚。それが今、何よりも確かだったから。
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