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午前5時、ミナミは朝を迎え、街はかすかに白み始めていた…
「萬田銀次郎…。」
仕事を終え、ミナミの街をあとにしながら、頭の中でその名前を繰り返しつぶやいていた
あの目の鋭さと言葉遣い…
そしてあの名前…
いや…ただの同姓同名か…
色んな思いが頭を駆け巡る
それをはっきりさせるには本人に会って確認するしかない
だけど、あれだけ借金に苦しみ、金貸しを恨んでいた少年が、自ら金貸しの道を選ぶなんて、にわかには信じがたい…
それを知るのを恐れている自分がいた
私の記憶の中の萬田銀次郎という少年は、それほど特別な存在なのだ
カァー。カァー。
「んん…頭いったぁ……。」
ふと時計に目をやる
午後5時を回っている
はは…夕方だ…
寝すぎた…
「あぁ！！！」
ガバッ！！！
そ、そうや……。
今日あの人にお金返す約束したんや…
「寝すぎたぁーー！！！！
うっ…気分悪っ…」
毎度の事ながら二日酔い
そんなことよりも昨日の出来事が衝撃的すぎて、これは夢の中なのではないかと今だに疑ってしまう
キュ…
シャアー…
シャワーを浴びながらそれを確かめたい気持ちと知る事が怖い気持ちがせめぎ合っていた
いつもより体が重く感じる
支度を終えたのは午後6時過ぎ
呼んでいたタクシーに乗り込んだ
「おじさん、ちょっと銀行寄ってくれる？」
「はい、分かりました！
途中で見えたら止まりますわ。」
「ありがとう。」
いつも当たり前に眺めている大阪の街の風景が窓の外に流れていく
今日はその風景が重々しく映る
「あ、〇〇銀行、ありましたで〜」
「おじさん、ありがとう！ちょっとお金おろしてくるから待っててもらえる？すぐ戻ります。」
「はいよ〜。」
コツコツ…
よし… ピロ、ピロ…
あ、ちょっと待てよ
私…大事な事忘れてた
ATMの限度額………
360万なんて金額とても1回で引き出せる訳が無い…
やってしまった…
とりあえず限度額いっぱいまで引き出そう
いくらミナミの鬼と言われてる人でも、事情話せば分かってくれるだろう
とりあえず今日はこれで…
「おっちゃん、お待たせー！
助かったわ。そしたら行き先までお願い。」
「かしこまりました。ほな出発しますー。」
「おっちゃん、ありがとうー」
「ありがとうございました。
また、お願いしますー。」
バタンッ
ブォーーーン………
着いた。
このビルの最上階か…
エレベーターに乗り込む足が鉛のように重く感じる…
なんでちゃんとお金返しに来た私がこないに緊張せなあかんねん！
しかも他人の借金わざわざ肩代わりしてやってる身やのに、 しっかりせぇ、私！
パンパン！
自分の頬を叩き気合いを入れた。
よし！
ピーンポーン……
ガチャッ！
「はーい、毎度ぉー！！！
お！昨日の姉ちゃんやなぁー？
えらい遅かったやないかぁ！待ってたでー。ほな入ってや！どうぞ、どうぞ！」
「お、お邪魔します…」
昨日の調子のええ舎弟や。
相変わらずのハイテンション…
まぁ、こっちとしてはちょっとは緊張もほぐれるし、この調子の良さが今は正直ありがたい…
「兄貴ぃ！昨日取り立て行った高岡の借金！代わりに昨日のクラブの姉ちゃんが返しに来てくれましたでー。」
「………。 待っとりましたでぇ。 まぁ座んなはれ。 」
ゴクリ……
やっぱりこの鋭い目つきと顔…
纏っている独特の雰囲気
あの萬田くん…なんか…？
「失礼します…。 」
カチッ
シュボッ
煙草に火を点ける萬田
「ふぅー………それで、 昨日の約束通り、銭は用意出来てまんな？」
「えっと…。お金はもちろん用意してます。」
「ほなさっそく出してもらいまひょか。」
「これです…。」
ガサッ……
シャッシャッシャッ……
「なんかの冗談でっか…
ワシが言うてた金額より260万も足りへんやないか。」
「そ、そのことなんやけど！
今日は銀行の窓口…行かれへんかったんや！だから今日のところは限度額いっぱいまでおろして持ってきた…」
「ふっ…そないな事情ワシには関係あらへん。何があっても約束は守る、お金は用意するて、威勢よう言うてたんは誰や？」
「だから！お金はこうして持ってきたやないの！全額一度に返さなあかんなんて決まりないやろ！？
利息分の金額が足らん訳でもないし…
別にそっちが損してることなんて何一つ無いやろ！」
「舐められたもんやのぅ…ワシは己の命の次に大事な銭、他人に貸しとるんや。その銭、どないな事してでもかき集めて返しに来るくらいの誠意見せてみぃ！！
ワシはあんたの事、まだ完全に信用した訳やあらへんて昨日言うたはずや」
「そんな無茶な………！
なんで…… なんでなん…！？
なんでそないな男になったしもたんや！！！」
しまった…
遂に口をついて出てしまった
何故か涙がとめどなく溢れてくる
感情が抑えられない…
まだ、私が知ってるあの萬田くんと決まったわけでもないし…
確証もなにもないのに…
「………。」
「え？ あ、兄貴ぃ…
この人と知り合いなんでっか…？」
「ちっ……
竜一、ちょっと出ててくれるか。」
「え、でも…」
「竜一…はよせぇ…。」
「わ、分かりやした…
ほな、ワシ出とります…。」
ガチャっ！
バタン…。
「………グスンっ。」
何故か涙止まらない…
もう話に割って入ってくれるあの調子のいい舎弟もいない…
色んな思いや疑念が渦巻き、私の頭と胸は今にもパンクしそうだ
苦しい…
「泣いたかてワシの借金はチャラにはならん。あんたがなんぼ人の不始末肩代わりしようがワシには関係あらへんけどなぁ、 人一人助ける言うんわそんな甘い事やないんや。
ガキの頃と少しは変わっとる思たけど相変わらずやのぅ。」
やっぱり……！
疑惑が確証に変わった…。
「そうかもしれへんって思ってたけどやっぱり…
あの萬田くんなんやね…」
「 あんたが期待してた”萬田くん”の姿とはだいぶ違うやろうなぁ。
世の中、綺麗に思い描いた通りにはいかんもんや。 」
「 私のこと覚えてたんや
いつ私のこと気付いたん…？」
「あいにくワシは裏切られた人間の事は絶対に忘れへんのや。 」
あの日の約束のこと…
「あ…あの時の約束！
本当にごめんなさい！
許してもらおうなんて思ってないけど。でも私なんとか会いにいこうと…！」
「その話はもうええ。
ワシかてそこまでアホやない。
なんぞ理由があって来られへんかった事くらい見当ついとる。」
「実はあの日…！」
「もうええ！今更来られへんかった理由聞いたところで、あんたが現われへんかった事実は変わらんのや。
それにそれと今回の借金の事はまた別の話や。 」
「 “ずるい大人に負けんようにワシがもっとずる賢しこうならなあかん…”
そう言ってた。その答えがこれなん……？」
「そや。 これでワシがどんな人間かあんたもよう分かったやろ。何を言われようと同情なんかせえへんで。
まぁ今日は特別にこれで堪忍しといたる、 3日以内に必ず残りの260万持ってきなはれ。それが出来ひんかった時は分かっとるな？」
「…………。」
「あんたも一時の感情で他人の借金肩代わりして、脆い期待を与えんこっちゃ。そんな事ばっかりしとったらしまいに自分の身滅ぼす羽目になるで。」
…………！
もうこれ以上耐えられへん…！
「お金は必ず返します………！」
ダッ！！！
ガチャっ
バタンっ！！！
その場に居てるのが辛くて…
たまらなくて…
思わず私は事務所から飛び出していた
ミナミの鬼…
あの萬田くんが鬼と呼ばれるようになるまで…
一体、何が彼をそうさせたのか……
あの萬田くんがどうして…
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