「もちろんこれも食べていいよ?」
ほたるからそう畳み掛けられては、宗親さんの了承の言葉を聞く前でも移動を決意せざるを得ないじゃないの。
「きゃー、ほたる、有難う! じゃ、あっち行こっ?」
チーズに誘われるように宗親さんのそばを離れたと同時、背後で彼が私を呼び止める声がしたけれど、鼻先に大好物をぶら下げられた私の耳は意図的にその声をシャットアウトした。
(宗親さん、ごめんなさいっ)
***
「――実はね、そろそろ統和さんの誕生日なの」
ボックス席に移動するなり背後の明智さんをチラチラと気にしながら、ほたるがそう囁いて。
私もつられて小声で「いつ?」と聞き返していた。
「この三十日。ね、知ってた? ここの店名がMisokaなのは統和さんが晦日生まれだかららしいの」
「えっ、そうだったの⁉︎」
初めて聞くこの店の名付けの由来に(なるほどぉー)と思ったと同時、(もし明智さんがもう一日遅く生まれていらしたら、店名は『Oh! Misoka』とかだったりしたのかしら?)とかどうでもいいことを思って、心の中で一人笑ってしまう。
「春凪、いま変なこと考えてたでしょ?」
「えっ」
顔に出してニマニマしたつもりはなかったのに、さすが親友、丸っとお見通しみたいです。
「きょ、今日って二十日だよね? 三十日なんてすぐそこじゃん」
それを誤魔化すように慌てて言ったら、ほたるが形の良い眉を寄せた。
「そう、もうすぐそこなの。なのに私、プレゼント、まだ決められてない! ねぇ、どうしよう、春凪っ。何あげたらいいと思う?」
二人にとって、付き合いだして初めての誕生日。そりゃあ色々考えちゃうよね。
「ほたるは誕生日、明智さんから何もらったの?」
あまり考えずに聞いたら、「付き合い始めたの、私の誕生日より後なの。明智さんの誕生日の方が先にきちゃうのよぅ」とほたるが唇を尖らせる。
(ヤダ、ほたる。めちゃくちゃ可愛いっ)
ほたるの誕生日は七月二十八日。
言われてみれば、二人が付き合い始めたのは晩夏の頃だからそうなるよね。
「ねぇ春凪。春凪は織田さんの誕生日、何あげたの?」
言われて、私はぐっと言葉に詰まった。
私の誕生日――四月二十日――は付き合っているんだかいないんだか微妙な時期に過ぎてしまったからいいとして。
「私、宗親さんのお誕生日、お祝いしてない……」
彼の誕生日は八月七日。
婚姻届を書くとき、「何か狙ったみたいに春凪の名前の語呂合わせみたいでしょう? 運命を感じませんか?」と腹黒スマイルを浮かべられたのをふと思い出した。
何だかんだとそう言うことにさえも託けられて、「やはり僕の偽装妻はキミしかいないと思うんですよね」と言われたんだっけ。
あれを書いたときは宗親さんとこんな関係になるだなんて思ってもいなかったから「はいはい、そうですね」って軽くあしらってしまったんだけど。
(あんなに分かりやすく記憶に残るようにされてたのに何も出来てないってマズ過ぎる!)
「え、春凪。噓でしょ?」
当然のようにほたるに瞳を見開かれた私は、「う、嘘のような本当の話です」とつぶやいて、ガックリと項垂れた。
「……ほたるぅ~。クリスマスプレゼント選ぶの手伝ってぇー」
泣きそうになりながら言ったら、「先にプレゼントの相談したの私!」ってほたるが言って。
二人で顔を見合わせてから、一緒にプレゼントを選びに行こう!という話になった。
***
【side宗親】
女性陣二人がボックス席に移動して何やらコソコソやっているのを尻目に、僕は仕方なく取り残された明智と二人、よく冷えた黒ビールで仕切り直す。
「――とりあえず恋愛成就おめでとう、でいいのかな?」
言ってグラスを掲げて見せたら明智のやつ、「そこは素直におめでとうって言い切れよ」と苦笑しつつも、「けど……まぁ。背中押してくれてサンキューな」とやけに素直な反応。
「真っ直ぐ過ぎて何か気持ち悪いんだけど」
その態度に思わず本音を漏らした僕に、「織田。お前最近口調が砕けてきてだいぶ話しやすくなったけどさ……嫁さん以外には塩対応なトコとかは嫌んなるくらい全然変わんねぇよな」と苦笑される。
そんなの当たり前じゃないか。
「だったら聞くけど……明智は僕に甘々対応されたいの?」
ククッと笑いながらビールを口に含んだら、「ご冗談を」と肩をすくめられる。
「――あ、そういやぁ織田こそ結婚おめでとうな?」
もちろん明智は式にも来てくれたけど、バタバタしてゆっくり話せなかったから、こんな風に改まって祝いの言葉を言われるのは初めてだった。
「有難う」
Misokaで大学生の頃の春凪を見かけて以来、僕は明智にだけは彼女への恋心を隠さずに打ち明けた。
当時彼氏がいた春凪に、好きとも何とも言い出せないくせに、彼女の支払いを肩代わりすると申し出た僕に、「じゃ、あの子の友達の分は俺が持つわ」と、明智がついでみたいに自分の恋心を打ち明けてくれたのはいつだったっけ。
確か僕が春凪への気持ちを白状するみたいに支払いのことを打診した時にすかさずそんなことを言われた覚えがある。
コメント
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いろいろ思い出すよね。 宗親さんのクリスマスプレゼントを買いに行かないとだね😊