「壱花、なにしてる?」
お玉でお湯をかき出していた壱花は、いきなり現れた倫太郎にすごい形相で睨まれた。
壱花はお湯で濡れたお玉を見つめ、目の前の老婆を見つめ、倫太郎を見て言う。
「お風呂のお湯をかき出しています」
何故っ!? という顔を二人にされた。
「いや~、なんか、あやかしの人がひとりでずっとやってて、大変そうだったんで」
「だから、あやかしサイドに立つな、この化け化けがっ」
と罵られたが、
いやいや、あなたも相当なあやかし側の人間ですよ、と倫太郎を見上げて壱花は思う。
「まあ、風花ですからね」
もはや諦めたように冨樫が呟いた。
壱花がお玉を置いたので、老婆はまた、お湯をかき出しはじめる。
三人でそれを見つめながら話し合った。
「なにしてるんですかね? このあやかし」
と冨樫が言い、
「水遊びが好きなあやかしかな」
と倫太郎が言い、
「それにしては、ちょっと鬼気迫ってますよね」
と壱花が言った。
無表情のまま、一定のリズムでお玉を動かす老婆。
冷静に見たら、ちょっと怖い。
なにがなんでも水をかき出さねばっ、という雰囲気が伝わってきて、つい、手伝ってしまったのだが。
「ちょっと気になってるんですが」
と冨樫が言った。
「風花がかき出してた水はそのまま排水溝に流れてってますが。
このあやかしがかき出した分は、何処かに消えてってますよね」
そんな冨樫の言葉に、注意して水の流れを見ると、そういえば、ばしゃーっ、と浴場の床に叩きつけられた水は排水溝まで行かずに何処かに消えている。
「何処に行ってるんだろうな」
三人は黙って老婆を見つめる。
倫太郎が言った。
「……そういえば、こんなあやかし、いなかったか?」
「お玉でお湯をかき出すあやかしですか?」
ちょっと嫌な予感がしながら、壱花が問うと、
「シルエットだけに注目してみろ」
と倫太郎が言う。
細かいところは見ずに、機械的に動く老婆の全体像だけを眺めてみた。
細長いなにかを持ち、水をかき出している……いや、これは、と思ったとき、横で冨樫が言った。
「これは、かき出したいんじゃなくて。
もしかして、かき入れたいのでは……?」
「船に水を入れるあやかし、いましたね」
そう壱花が言うと、倫太郎が言う。
「いたな。
『あやかし』って名前の、柄杓で船に水をくみ入れて沈めるあやかし」
「大型船なので、海水には手が届かないから、船内の水を汲み出して、何処かに注ぎ入れてるんですかね?」
そんな壱花の呟きに、
「ああ、船底とか……」
と倫太郎が返す。
はっ、とした三人は、
この船、沈んでないかっ!?
と慌てて大浴場の窓から外を見た。
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