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雪緒はプロジェクターの光が映し出された前方に目をやった。
「でも、しょうがないなぁって言いながら下の面倒みる自分が好きだったりしますよね」
「……まぁ、そういうこともあるかもね」
どこか遠い目で、深乃里も四角い光を見つめてそう呟いた。
勉強会が終わると、話は素通りで別のことを考えていた顔の深乃里は雪緒に挨拶すると仕事に戻って行った。深乃里はワーカーホリック気味のところがあると自分でも認めている。ずば抜けて頭の回転が速く、難易度の高い仕事でもぐいぐいと進めていける。尊敬はしているが、自分はそこまではなれないと思わされる先輩だった。
雪緒は研修参加前に自分の仕事は切り上げていたから、研修が終わると会社を出て家路についた。
今日は家で楽しみなことが待っているからなおさら、早く帰りたかった。
いつもの混雑した電車に揺られていても、楽しみがあるとそちらに気が向いて不快感が減る、気がする。
駅から自宅マンションに帰り着いて、腕時計を確認する。よし、間に合った。
このマンションのよい点として、大家兼管理人の美智が、宅配便を受け取ってくれるというものがある。これは働く一人暮らしにとっては非常に有り難いサービスだ。しかも、夜9時までなら引き渡してくれることになっている。
管理人室のインターホンのボタンを押し、応答を待つ。
ドアの奥で微かにバタバタと足音が聞こえる。
「――はぁい」
その声に笑みが浮かぶ。子供の声。美智の息子、祐輔の声だ。
「こんばんは、3階の桐野です。荷物来てませんか?」
「はい、ちょっとお待ちください。――おかーさん! 桐野さんだってー! 荷物ー!」
「はいはーい。祐輔、あんたは布団入ってな」
「あーい」
声と物音が筒抜けで、その『愛の溢れる家庭』をほんの少しお裾分けしてもらえた気がする。