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久しぶりに月城さんと二人きりになれた気がした。
「その着物、似合っている」
私の着物を見て、そう呟いた。
「ありがとうございます」
しかし、気持ちは複雑だった。
それに着物は先ほどのせいで、はだけたままだ。
まとめた髪の毛も乱れている。
月城さんの羽織で肌が隠れているような状態だった。
「怪我はしていないか?」
「はい」
乱暴に扱われたが、大した怪我はしていない。
「そうか、良かった」
月城さんも私の姿を見て、どうしていいのか悩んでいるみたいだった。
露出した肌、乱れた髪、床に押し付けられたせいで、汚れているような気がした。
「あの、こんな格好をしているし、先にお風呂に入りたいです」
乱れた容姿を直したい、それに土などが付いていそうで部屋を汚してしまうのではないかと不安になった。
「わかった」
私はお風呂に入ることにした。もちろん、一人でだ。
お風呂は店主さんの言ってくれたように貸し切りだった。
着替えは、月城さんが店主さんに頼んで、女性物の浴衣を貸してくれることになった。
「気持ち良い……」
こんなに大きなお風呂に入ったのは、初めてかもしれない。
「敵の襲来などは心配しなくていい、ゆっくり入っておいで」
月城さんは部屋で待っていてくれた。
髪をある程度まで乾かし、月城さんの待っている部屋へ向かう。
部屋に戻ると、月城さんは窓から街を眺めていた。
「おかえり。ゆっくり入れたか?」
「はい」
机を一つ挟んだ状態で、彼と向かい合う。
「俺から話をしていいか?」
聞きたくない話の内容だと思った。
<騙していてすまなかった>
そんなことを言われると思ったから。
「どこから話そうか……。まず、颯との会話の内容だが……」
ドクンと心臓が脈打つ。
「あれは半分が本当で、半分が間違いだ」
「えっ?」
どんな意味なのだろう。
「薬箱と着物を贈ったのは、あれは小夜を信用させるための演技ではない。俺が何かしてあげられることはないか考えた結果だった。しかし、街へ出かけることで敵の気配を辿ろうとしたのは事実だ。敵を早く見つけ、自分の両親や同僚の復讐を遂げたいと思ったのも本当だ」
月城さんの言葉を受け止める。
「颯に言われて気付いたんだ。復讐以上に、小夜が一番大切だということに。小夜を元の生活に戻してあげたいと思っている。結果、そのせいで君を危険な目に遭わせているのも事実だ」
「うまく伝えられず、すまない」
月城さんの言葉に嘘は感じられない。
大切だと言われ、嬉しかった。
「小夜から何か言いたいことはあるか?」
月城さんが向き合ってくれたから、私も自分の気持ちを話そうと思う。
「小野寺さんとの会話を聞いて、悲しかったんです。最初は、私が役に立つことで誰かの命が救われれば、早くあいつを倒せればと思っていました。でもいつの間にか、自分の感情に気付いてしまったんです。私は月城さんに何かを期待してしまっていた。私が任務の一部としか思われていなかったとしたらって考えたら、辛くて、悲しくて。任務だから、優しくしてくれたり、贈り物をしてくれたって思ったら、寂しくなってしまって」
「小夜……」
月城さんは、私の話を最後まで聞いてくれた。
「せっかく樹……くんのことを思い出したのに」
「思い出してくれたんだな」
私は立ち上がって月城さんの近くに座り、彼の結紐に触れる。
「思い出すのが遅くなってごめんなさい。これは私が樹くんに渡したもの。どうして月城さんも教えてくれなかったんですか?あの場で初めて会ったわけではないって」
「襲われていたのがまさか小夜だとは思わなかった。でも君の名前を聞いた時、すぐ思い出したよ」
言葉に詰まった後
「一緒に過ごして感じた。君は昔のまま変わっていなかった。優しくて強くて。他人でさえ自分のことのように想ってくれる。だから昔の話をして、小夜が俺のことを覚えていなかったらと考えたら、正直怖かった。君と君の両親は、生まれて初めて俺のことを人として扱ってくれた。俺にとって、一日も忘れたことのない、大切な人たちだった」
「そして小夜は……。俺が初めて愛した人だ」
ただただ、月城さんの言葉が嬉しかった。
けれど
「今も……。愛してくれていますか?」
恐る恐る聞いてみる。
「愛しているよ」
私はその言葉を聞いて、月城さんに抱きついてしまった。
月城さんは私を優しく抱きしめてくれた。
「小夜は……?」
「へっ……?」
「小夜は俺のこと、どう思っている?」
私から抱きついているのに、わかってくれないの?
抱きしめられているので、月城さんの顔が見えない。
「私も」
「言葉で伝えてくれないとわからない」
彼はこんなに意地悪だっただろうか。
「私も愛しています」
心臓が飛び出てきそうなほど、脈打っている。
「小夜、こっちを向いて?」
顔をあげると、目が合った。
私は目を瞑る。
月城さんと私の唇が合わさった。
私は恥ずかしくて、また抱きついてしまった。
「初めてか?」
なぜそんなことを聞くの。
「初めてです」
顔が熱い。
「なぜそんなことを聞くんですか?」
「そんな男がいたら、拘束してやろうと思ってな」
月城さんが言うと、冗談に聞こえない。
その時
「お二人さん、夕ご飯ができたから運んでいいかい?」
店主さんの声がした。
「続きは、夜にしよう?」
月城さんが私の耳元で囁く。
夕食が部屋に運ばれた。
「うわぁ、すごく豪華な夕ご飯ですね」
天ぷら、川魚、煮物、他にも品が並んでいる。
「月城くんが女の子を連れてきたのが初めてでな。おじちゃん、息子が嫁さん連れてきたようで、嬉しくなっちまって」
「大げさですよ」
「実はな、数年くらい前なんだが、盗人にあって。俺はすぐ気付いてそいつを追っかけたんだが、足が速いやつでな。店の売り上げと金庫の中の金も持ってかれて、もうダメだと思ったんだ。でも、道で偶然会った月城くんがそいつを捕まえてくれて、難を逃れたんだよ。本当に助かった」
「それが縁でな、こっちで仕事があると泊まりに来てくれるようになったんだ。店の恩人みたいなものだから、泊まる時も金はいらないって言っているんだけど、必ず払っていくんだ。律儀なんだよ。だからこういう時こそ、恩を返したくてな」
ゆっくりしていってと店主さんは戻っていった。
「美味しい!!」
こんな豪華なご飯、食べたことがあっただろうか。
「昼食を食べ損ねたからな。腹も減っただろう?」
そういえば、いろいろあってお昼ご飯を食べていない。
「お言葉に甘えて、ゆっくり食べようか?」
久しぶりの二人の食事は、一層美味しく感じた。
もちろん料理の味付けもだが、目の前に大切な人がいる。それだけでより美味しく感じることができた。
「お腹いっぱいです」
「それは良かった」
夕ご飯も終わり、月も明るくなった。