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「ごめんね、後は頼んだよ」

「んー」


そんな言葉だけを残して、兄ちゃんはどこかへ出かけて行った。急用とか仕事とか何だとか……そんなこと呟いていたからまあ多分そんな感じだろう。

こんな夜に出て行くことは度々あるのだが、この静まり返った部屋の雰囲気は何時間過ごしても慣れない。ずっと隣にいた存在が消えてしまう。ただただそれが怖くて、ひたすらにこれが嫌いだった。


「…こんなこと考えたらあかんわ……!」


頭をふるふる振って、思考をリセットする。

─ココアでも飲もうか。2杯目だけれど、とっておきの激甘にしてやろう。マシュマロと、チョコレートもあれば入れて。



火傷をしてしまった。ココアで。

じんじんと痛む指先を笑うように、浮かべたマシュマロが揺れる。

牛乳を温めすぎたのだ。ああもう、分かっていたのに。ミトンをはめたまま運べばよかった。


こんなに熱かったら冷めるまで待つしかない。ひとまずテレビでも見よう。

ソファ にそっと座り、傍らにあったブランケットを肩にかけリモコンを手に取る。

テレビの音だけではどこか物足りないが、仕方がない。何せ1人なのだ。芸能人達の談笑を聞きながら、俺はココアをスプーンでくるくる混ぜる。ふわふわと上る白煙を、ただぼうっと見つめていた。



溶けきらずに最後まで残っていたマシュマロをすくい、口に放り込む。

3杯目も飲みたいなんて考えもよぎったけれど、寂しいためにやけになって飲みすぎると体重計の数字がえらいことになってしまう。


やること全て終わらせてしまったことをこんなに後悔したのは久しぶりだ。なんかひとつでもやること残ってたら気が紛れたのに。

─あ。読みかけの小説。そんなんが確かあった気がする。

本棚に目をやると、途中で栞が挟まれた分厚い小説があった。背表紙には「猫の鈴」と書かれている。

また思い出したら読もう、とかそんなことを考えて結局ほっぽり出していたそれを出して開き、栞の挟まれた44ページを読み進めて行った。



ガタン。物音がしたのはそれから1時間ほど後だろうか。

思わぬ出来事に体が跳ね、少し怖くなった。


「……え、何や急に…」


恐る恐る、物音の方向へ向かう。…目線を落とすと、かごがひっくり返ってお菓子やら何やらが散乱していた。裏切られたようなほっとしたような複雑な気分になって、少し腹が立ってしまった。


「んもう……」


小説は目頭が熱くなるようなクライマックスだが、この一件のせいで俺は冷めきってしまった。

蛙化現象ってこんなんなんかな。俺カエル嫌いやけど。


散らかった床を片づけてまた小説を読み始めようとページを開くと、手が思うように動かず結末が見えてしまった。もうとことん運の悪い自分を自嘲するしかない。今日はもう、そのままベッドに倒れ込んで携帯をいじることにしよう。


独りで寝たベッドは、心なしかいつもよりずっと冷たく感じた。こんなもの慣れっこなはずなのに。

いつの間にか俺、一人じゃなんも出来ない無能になってもたんやなあ、なんて寂しいことを考えながら、今日は眠りについた。


─その夜は思いの外、ちゃんと眠れた。だがその間に見た夢は最悪だった。

これまで見たことがあっただろうか、大切な人が死ぬ夢を。

誰かに押されたのも束の間、横からいきなり現れた列車に轢かれ、兄ちゃんはあっけなく潰れてしまった。

これだけなら良かったのに。このまま覚めてしまえばよかったのに。

夢の中の俺は絶望し、泣きじゃくったあとは、いきなり現れた自室で自殺をしてしまうという嫌でしかないおまけも付いてきたのである。


「……はあ、ッは…ぁ」


そもそも今まで”大切な人”という概念がなかったからか、この夢は俺にとって脳に焼き付くようなショックを刷り込んだ。ばくばくと不快に跳ねる心臓を抑えようと深呼吸を繰り返すも、なかなか落ち着いてくれずに冷や汗ばかりが流れていく。


〈落ち着いたから帰るね〉


画面が明るく光り、そんな通知 が目に入った。急かしたい気持ちと安堵がごちゃごちゃになって、結局送れたのはなんとも言えない顔でサムズアップのハンドサインをするうさぎのスタンプだけだった。

「ん”ゔ……はよ来て…お願い……」


ベッドにうずくまった。寂しさが渦を巻いて、涙で目が霞む。

それから二十数分ほど、寝室にはすすり泣きだけが響き渡っていたのが、自分でもよくわかる。



「─ただいま…」


起こすと悪いので、小声で呟く。誰かがぐすぐすとすすり泣いていることと、それが伊織の声だということに気づいたのは、そのすぐ後だ。


「……伊織…?」


明かりもついていないベッドの上でうずくまっていた伊織は、こちらの姿を捉えたようで目を見開いた。次第にその目から大粒の涙が溢れだして、俺のことを呼びながらわあっと泣き出してしまった。


「にいちゃん……!」

「…どうしたの、そんなに泣いて」

「ゔぁ…兄ちゃん、にいちゃん…」

「ん、何かあったの?」


抱き上げて膝の上に乗せて やると、うわずる声で今までのかくかくしかじかを話してくれた。

弱々しい声で泣きながら時折ぎゅうっと抱き締めてくるのが、なんだか自分が求められているようで愛おしくて仕方ない。


「……そっか、夢見たんだね」

「ん…」

「夢で驚くのはよくある事だよねえ……ふふ、さびしかったの?」

「……ちょっとだけ」

「嘘つけ…」


昔は俺のことなんて求めてくれない人だったのに、今は寂しくて泣いてしまうほど俺のことを求めてくれているんだな、という事実がよぎる度、余計に独り占めしたいという独占欲が強くなる。


このままずっと一途に、俺のことだけを見ていてほしい。

これからの期待と今までの慰めも兼ねて、伊織とそっとキスを交わした。

ふたりだけ、ずっと【一次創作BL】

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コメント

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もしかして甘党の中でもかなりの甘党では…?

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