テラーノベル
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『さあ、ルシフェル選手の反撃ターン! 1分間、スタートです!!』
ゴングの音が、バーチャル空間に鳴り響いた。
対戦相手であるインテリ系若手VTuber、シュンは、鼻で笑いながら俺を見下している。
「さあ、時代遅れの老害さん。どんな言い訳を聞かせてくれるんですか?」という、圧倒的強者の表情だ。
俺は、コルセットで固めた腰の痛みに耐えながら、モニター越しの若造に向かって、深く、重いため息をついた。
「……アジェンダだの、パラダイムシフトだの。横文字並べて気持ちよくなってるところ悪いんだがな」
俺の低く沈んだ声が、同接十万人の闘技場に響く。
「俺から言わせりゃ、お前のその薄っぺらいビジネス語録より、市役所のケースワーカーの『バインダーで机を叩く音』の方が、よっぽど恐ろしくて、現実的なんだよ」
『……は? 何を訳のわからないことを』
シュンが怪訝な顔をした瞬間、俺は一気にギアを上げた。
「お前、さっき『アライアンス(企業提携)』がどうのって言ってたな。企業案件も結構受けてるみたいだが……一つ聞くぞ」
俺は、画面の中のイケメンアバターの目を細め、獲物を狙う鷹のような鋭い視線をシュンに突き刺した。
「お前……【インボイスの登録】、済ませたか?」
『……いん、ぼいす?』
シュンのアバターが、ピクリと硬直した。
「なんだ、知らないのか? 昨年の十月から始まってる、適格請求書等保存方式のことだよ。……もしかして、自分が『免税事業者』のままかどうかも分かってねえのか?」
『そ、そんなの……! 僕はクリエイターであって、面倒な経理は……その、後でまとめてやればいいというか……!』
「出たよ。若手クリエイター特有の『税金は後回し病』が」
俺は、呆れ果てたように首を振った。
『wwwwwwww』
『急に現実的な話になったぞww』
『インボイスで殴りかかるVTuberww』
『シュンの顔色が変わったww』
「いいか、ガキ。企業(スポンサー)ってのはな、シビアなんだよ。お前がインボイスの登録番号を持ってない『免税事業者』のままだと、企業はお前に払ったギャラの【消費税分の仕入税額控除】が受けられなくなるんだ」
俺は、市役所の鈴木さんから叩き込まれた地獄の知識を、今度は俺自身が武器として解き放った。
「つまり! お前に案件を振るだけで、企業側が損をするんだよ! お前の言う『アライアンス』とやらを組んでる企業たちは、来年あたりからこう言い出すぜ? 『シュンくん、インボイス登録してくれないなら、ギャラから消費税分引くね。嫌なら別の登録済みVTuberに頼むから』ってな!!」
『なっ……!? そ、そんなこと……!』
シュンの銀縁メガネの奥の目が、明らかな動揺で泳ぎ始めた。
「焦って登録したとしても、地獄はそこからだ! インボイスに登録した瞬間、お前は【課税事業者】になる! お前のその企業案件のギャラにも、スパチャにも、全部消費税がかかってくるんだよ!!」
俺の言葉のボルテージが上がっていく。
腰の痛みすら忘れ、俺はマイクに向かって身を乗り出した。
「お前、本当は月収三十万くらいらしいな? だったら年収は四百万ってとこか。来年、インボイスに登録したら、なけなしの貯金から【数十万の消費税】が容赦なく消し飛ぶんだぞ! 都会の家賃払って、生活できんのか!?」
『ひっ……!? す、数十万……!? ぼ、僕の月収、なんで……!?』
「ROI(投資利益率)がどうのこうの言ってたな! お前の来年のROIは、税務署のさじ加減一つで簡単にマイナスに叩き落とされるんだよ!」
「高級なスーツのアバター着て、横文字でイキってる場合じゃねえんだ! お前、来年の消費税払うための貯金、ちゃんと残してんのか!?」
『あ、あ、あ……』
若き論破王の口から、もはや知性のかけらもない呻き声が漏れる。
「経費の領収書、ちゃんと月ごとに分けて保管してるか!? 『接待交際費』と『会議費』の違い、説明できるか!? e-Taxのパスワード、忘れてねえだろうな!!」
『や、やめて……! わかんない……! 領収書なんて、全部適当に箱に投げ込んでるだけで……っ!』
シュンは頭を抱え、バーチャル空間でガタガタと震え始めた。
先ほどまでの、インテリジェンス溢れる余裕の姿は、見る影もない。
ただの、確定申告から目を背けてきた『無知な若者』の悲惨な末路が、そこにあった。
「パラダイムシフトだと!? 笑わせるな! お前ら若造のパラダイム(価値観)なんて、国税庁から届く【税務調査のお尋ね】の茶封筒一通で、一瞬でぶっ壊れるんだよォォォ!!」
『ピピーッ!!』
『そ、そこまで! ルシフェル選手、1分間のターン終了です!!』
神崎Pの笛が鳴り響いた。
俺は、荒い息を吐きながら、ドカッとゲーミングチェアに背中を預けた。
「……はぁっ、はぁっ。……どうだ、これが大人の【言葉の暴力(リアル)】だ」
画面の向こうでは。
シュンがアバターのまま、両手で顔を覆って「税金こわい……税務署こわい……」と、完全に戦意喪失して泣きじゃくっていた。
『…………』
『えぐいwwwwwwww』
『言葉の暴力の次元が違いすぎるww』
『横文字 vs 確定申告』
『若者の夢(イキり)を大人の現実で粉砕する和尚』
『シュンくんのメンタルが完全にブレイクされたぞww』
『これがV-Breaking……!』
『スパチャ:10,000円(和尚の税金パンチ、重すぎるww)』
『スパチャ:50,000円(税理士試験より怖い1分間だった)』
同接十万人のチャット欄は、圧倒的な恐怖と、それ以上の大爆笑に包まれていた。
難しいビジネス用語など、一つも使っていない。
ただ、日本という国で個人事業主として生きるための『逃れられない真実』を突きつけただけだ。
だが、それこそが、ネットで虚勢を張る若者にとって、最も効く『最強のカウンター』だったのだ。
『す、凄まじい反撃でした! まさかのインボイス制度で相手のメンタルを完全に破壊! さあ、視聴者の皆さん! 勝敗の判定をお願いします!』
画面に、アンケートの投票ボタンが表示される。
結果は、見るまでもない。
【ルシフェル:98% シュン:2%】
『圧倒的! 圧倒的多数で、勝者はルシフェル和尚です!!』
神崎Pの絶叫と共に、闘技場に勝利のファンファーレが鳴り響いた。
「……ふん。口ほどにもねえガキだったな」
俺は、コルセット越しの腰の痛みに顔をしかめながらも、勝者の余裕(イケメンアバターのドヤ顔)で言い放った。
『ルシフェル様。見事な論破、お見事でございました。相手のウィークポイント(税務知識の欠如)を的確に突き、精神的優位に立つ手法、クレーム対応の応用として完璧です』
裏回線で、結愛が淡々と称賛の言葉を送ってくる。
「おう。伊達に鈴木さんに絞られてねえからな。俺の税金への恐怖は、そんじょそこらのヤンキーのすごみより重いんだよ」
『しかし、ルシフェル様』
結愛の声が、再びスッと冷たくなる。
『この一回戦突破により、ルシフェル様が本大会で優勝し、賞金一千万円を獲得する確率が大幅に上昇いたしました』
「……あ」
『つまり、来年の税金が二千万円に到達する未来が、より現実味を帯びてきたということでございます。引き続き、次戦もよろしくお願いいたします』
「…………」
俺の勝利のドヤ顔が、一瞬にして凍りついた。
そうだ。
勝てば勝つほど、俺に課せられる税金は増えていくのだ。
相手の若者を税金の恐怖で泣かせておきながら、一番税金に怯えているのは、他でもない俺自身だった。
「うぅぅ……。俺、何のために戦ってんだっけ……?」
バーチャル闘技場の中心で、勝者であるはずの四十歳が、来年の税金計算に白目を剥いて天を仰ぐ。
最強のカウンターは決まったが、俺の背負うインボイスの十字架は、さらに重く、深く、俺の肩にのしかかるのであった。
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레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
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コメント
1件
ちょっとゆうきさん!?この第87話、まじで頭おかしいほど面白かったんですけど!!😭💥 まさかVTuberバトルで【インボイス】が出てくるとは思わなくて、読みながら「は???」って声出たわwww ルシフェル和尚の税金パンチ、シュンくんのメンタル完全ブレイクシーンがリアルすぎて笑った😂💦 しかも勝ったのに最後の結愛さんの一言で自分が一番怯えてるの、エモすぎて泣ける…「俺何のために戦ってんだ…」で全部持ってかれたよ!! ゆうきさんの社会派ネタとギャグのバランス、マジで天才すぎる。続き早く読みたいです!!🔥✨