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私side
番組スタッフとしてSnowManの現場に入ってから、もう何年になるだろう。
最初は右も左も分からず、先輩の背中を追いかけるだけで必死だった。
でも気づけば番組の流れやメンバーそれぞれの癖、現場の空気を読むことが自然にできるようになっていた。
忙しさの中で時間はあっという間に過ぎていき、振り返る余裕もないまま、私はここまで来ていた。
私は、恋愛よりも仕事を選んだ人間だった。
正確に言えば、選ばざるを得なかった、のかもしれない。
長く付き合っていた彼とは、価値観の違いで別れた。
穏やかで誠実で、決して悪い人ではなかった。
むしろ、誰かと家庭を築くには理想的な人だったと思う。
彼は結婚を望んでいた。将来を見据え、安定した生活を大切にしたいと言った。
一方で私は、まだ夢を追いかけたかった。
番組を作ること、現場に立つこと、視聴者に届くものを生み出すこと。
そのすべてを、簡単に手放す気にはなれなかった。
どちらが悪いわけでもなかった。
ただ、進む方向が違っただけ。
それでも別れを告げられた夜、胸の奥が静かに痛んだのを、私は今でも覚えている。
それからは、仕事一本だった。
感情を感じないように、考えないように、ひたすら忙しさで自分を埋めた。
立ち止まれば、きっと弱くなる。そう分かっていたから。
ジーンズにシャツ、キャップを被って、私は今日も現場を走り回る。
服装は動きやすさ優先で、誰かにどう見られるかなんて考えない。
朝は誰よりも早くスタジオに入り、台本を確認し、段取りを整える。
ロケの日は機材や進行をチェックしながら、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返す。
夜は、メンバーやスタッフが帰った後も残り、反省点を書き出し、次につなげる準備をする。
考えた企画が形になり、放送され、誰かの心に届く。
プロデューサーから評価される瞬間だけが、私が前に進んでいる証だった。
「よくやったね」
その一言で、眠気も疲れも、すべて報われる気がした。
恋愛に割く時間も、余裕も、今の私にはない。
そう言い聞かせてきた。
それが正しい選択だと、疑わないようにしてきた。
⸻
岩本side
正直に言えば、最初から特別な感情を抱いていたわけじゃない。
番組スタッフの一人。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
現場ではいつも動きが早くて、判断が的確で、空気を読むのが上手い。
段取りが崩れそうな時も、騒がず、声を荒げることもなく、淡々と立て直していく。
頼れる人だな、とは思っていた。
現場をちゃんと理解してくれている人だ、と。
それだけだった。
だから、あの日も本当に偶然だった。
地方ロケで前泊になって、少し時間が空いた夕方。
商店街を歩いていたら、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
──あ、と思った。
仕事中の服装とはまるで違っていた。
黒を基調にしたきれいめな服。
全体的に落ち着いていて、どこかクールなのに、浮いていない。
完全にオフの空気なのに、手にはメモ帳。
食べ歩きをしながら、時々立ち止まって何かを書き込んでいる。
ロケの下見か。
そう思った瞬間、胸の奥が小さくざわついた。
声をかけようかと思った。
でも、足が止まった。
頬張りながら歩く姿が、妙に無防備で。
いつも現場で見る、張り詰めた横顔とはまるで違っていた。
仕事に向ける真剣さと、今の柔らかい空気の落差が、頭の中でうまく処理できなかった。
知らない一面を、見てしまった気がした。
結局、その日は声をかけなかった。
遠くから、しばらく目で追ってしまったことだけが、後に残った。
それからだ。
少しずつ、距離が変わっていったのは。
俺から何かしたわけじゃない。
露骨なアプローチも、分かりやすい好意もない。
ただ、メンバーが自然に会話の輪に入れてくれて、
「最近どう?」
「この前のロケさ」
そんな何気ないやり取りが増えただけ。
「知り合いなのか」
「友達なのか」
はっきりしない関係。
でも、不思議と居心地が悪くなかった。
むしろ、心地よかった。
恋愛に興味がなさそうなのも、すぐに分かった。
誰かと距離を縮めようとする気配がない。
仕事の話になると饒舌になるのに、私生活の話はほとんどしない。
線を引いている、というより、最初からそこに踏み込む気がない感じ。
だからこそ、気になった。
手に入らないから、じゃない。
近づこうとしなくてもいい世界を、最初から持っているように見えたからだ。
仕事にまっすぐで、ぶれなくて。
誰かに依存することなく、自分の足で立っている。
その姿を見ているうちに、
「頼れる人」
「現場を理解してくれる人」
その枠に、いつの間にか収まらなくなっていた。
気づいた時には、
視線が、無意識に追っていた。
⸻
私side
いつものようにジムへ行く。
ストレス発散で体を動かすのは好き。
マシンの前で準備をしていると、ふと背後から視線を感じた。
「……あれ?」
気づいたのは、岩本のほうだった。
驚いたような声。
私は軽く会釈をして、特別な反応はしなかった。
仕事の現場で会う人と、プライベートで偶然会うこと自体は珍しくない。
そう思って、いつも通り淡々としていた。
でも、彼は違った。
「ここ、もう少し肩落として」
自然な流れで声をかけてきて、私のフォームを真剣に見てくれた。
指摘は的確で、押しつけがましさは一切ない。
「そこ、無理してる。 力、逃げてるから」
力の入れ方、呼吸のタイミング、姿勢の角度。
一つひとつを丁寧に言葉にして、ゆっくり説明する。
教える、というより、ちゃんと“見ている”という感じだった。
その真剣さが、不思議と心地よかった。
これまで、誰かに踏み込まれるのは少し苦手だった。
善意でも、距離を詰められると構えてしまう。
でも岩本は、必要以上に近づかない。
私のペースを崩さない。
「きつかったら、今日はここまででいいから」
その一言が、妙に胸に残った。
体を動かすことが好きな私は、 気づけばトレーニングの話をしていた。
どこが鍛えたいか、最近のメニュー、仕事で疲れやすい部分。
そして、トレーニングが終わる頃、
自分でも驚くくらい自然に、口から言葉がこぼれた。
「……また、教えてください」
一瞬、岩本が目を見開いたのが分かった。
それから、少し照れたように笑って、頷いた。
それからだった。
決まった約束をするわけでもなく、
「今日いる?」
「時間あったら」
そんな緩い合図で、一緒に鍛える時間が増えていった。
無理に踏み込まない。
踏み込みたい素振りも見せない。
でも、ちゃんと見てくれている。
調子が悪い日は、すぐ気づく。
疲れているときは、追い込まない。
私が黙っていても、急かさない。
その距離感が、心地よかった。
仕事に夢中で、感情を後回しにしてきた私の心が、 少しずつ、確実に、緩んでいくのを感じていた。
⸻
岩本side
仕事終わりの帰り道だった。
ロケが長引いて、身体は正直重かったけど、頭はまだ現場のままで、無意識に歩いていた。
そのとき、少し先の交差点で、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
キャップを外して、肩に力の抜けた歩き方。
間違えようがなかった。
——彼女だ。
隣には、知らない男がいた。
距離は近すぎず、でも遠すぎない。
自然で、慣れた空気。
足が止まった。
声をかける理由も、立場も、資格もない。
ただ、見てしまった、という事実だけが胸に落ちた。
男は穏やかな雰囲気で、話し方も落ち着いていた。
悪い人間じゃない。
それが、余計に厄介だった。
笑っている彼女の横顔は、現場で見るものとは違った。
柔らかくて、少しだけ、過去を共有しているような顔。
——元彼かもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥がきつく締まった。
その日、俺は何も言えなかった。
誰にも聞かなかった。
ただ、勝手に心の中で、答えの出ない問いを転がしていた。
数日後。
楽屋で、深澤が何でもない顔をして彼女に話しかけていた。
「そういえばさ、前に言ってた元彼。
別れた理由って、何だったの?」
その場にいた俺は、無意識に動きを止めていた。
聞くつもりはなかった。
でも、耳は勝手に拾ってしまう。
彼女は少しだけ間を置いて、答えた。
「価値観の違い。 彼は結婚したかったみたいなんだけど、 私は……夢を追いかけたかったから」
声は淡々としていて、感情を乗せていない。
それが逆に、長い時間、飲み込んできたものだと分かった。
「幸せにできないかもしれないって、
彼が思ったみたい」
その言葉に、胸が痛んだ。
誰かを想うことと、誰かの未来を背負うこと。
それが重なったとき、壊れる関係もある。
「悲しかったけどね」
彼女はそう言って、すぐに話を切り上げた。
まるで、それ以上触れられたくない場所みたいに。
再会した元彼は、今も誠実で、魅力的だった——
そう、深澤に補足するように笑った。
その笑顔を見て、俺は悟った。
まだ、完全には過去になっていない。
少なくとも、彼女の人生の一部として、確かに存在している。
それが、怖かった。
胸の奥で、じわじわと広がっていった。
——奪われるかもしれない。
そんな想像をした自分に、驚いた。
今まで、誰かに対してこんな感情を抱いたことはなかった。
手に入れたい、じゃない。
失いたくない。
その違いが、はっきり分かった瞬間だった。
何も言えないまま、 何もしていないのに、 確実に、嫉妬だけが深く根を張っていった。
⸻
私side
番組の打ち上げの日だった。
ロケも編集も一区切りついて、 珍しく、肩の力が抜けていた。
いつもなら飲みすぎないように気を張っているのに、
その日はグラスを重ねるうちに、感覚がふわりと緩んでいった。
笑って、話して、
スタッフやメンバーの声が少し遠くなる。
立ち上がろうとした瞬間、
足元がぐらついた。
「あ……」
自分でも驚くほど、体が言うことをきかない。
「大丈夫か?」
すぐ隣で、低い声がした。
気づけば、岩本が自然に腕を支えてくれていた。
「平気です……たぶん」
そう言いながら、全然平気じゃないのが自分でも分かった。
頭がぼんやりして、言葉を選ぶ余裕もなくなっていく。
席を外して、少し静かな場所へ移動する途中。
支えられながら歩く感覚が、妙に現実味を帯びていた。
そのまま、ぽつりと口を開いてしまった。
「……元彼に」
声が思ったよりも小さくて、
でも止められなかった。
「ヨリ、戻したいって言われました」
言った瞬間、空気が変わった。
岩本の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
顔は見えなかったけれど、
支えている腕に、わずかに力が入ったのが分かった。
「……」
何も言わない。
ただ、その沈黙が、妙に重かった。
私はそれ以上、何も続けられなかった。
酔いのせいか、
それとも、誰かに初めて本音をこぼしてしまったせいか。
「……家、近いんだよな?」
しばらくして、岩本がそう言った。
声はいつも通り落ち着いているのに、
どこか慎重だった。
「うん……たぶん」
細かいことを考える余裕はなかった。
タクシーの中で、景色が流れていく。
頭が重くて、目を閉じたら、 そのまま眠ってしまったらしい。
次に意識が戻ったとき、
部屋は静かで、照明も落とされていた。
喉が渇いて、 置かれていた水を一口飲む。
冷たい感覚が、ゆっくり身体に広がっていって、
少しずつ、現実が戻ってくる。
——私、今どこにいるんだっけ。
⸻
岩本side
「起きた?」
声をかけた瞬間、胸の奥がざらついた。
目を覚ました彼女がこちらを見る。その表情だけで、もう平静じゃいられなかった。
「……あ、ごめんなさい」
謝る声が弱くて、余計に心配になる。
「身体は大丈夫?」
少しだけ、声が低くなる。
「はい、楽になりました」
「よかった」
「「……」」
沈黙が落ちる。
この一週間、いや、もっと前から溜めてきた感情が、喉元までせり上がってくる。
元彼。
「ヨリを戻したい」の一言。
あいつと並んで歩いていた後ろ姿。
全部が、頭から離れなかった。
そんな想いを抱えたまま、振り絞った声を出した。
「……俺」
彼女に一歩近づく。
「ずっと好きだった」
優しく言うつもりはなかった。
これは、願いじゃなくて本音だから。
戸惑いながら、声を出した。
「なんで……私?」
端に置いていた目線が、岩本に向かう。
その反応に、胸が少しだけ痛む。
でも、引く気はなかった。
「分かんないよね…」
自分でも驚くほど、独占欲が滲んでいた。
「ひたむきで、仕事を投げない」
「無理してでも前に進むくせに、誰かを踏み台にはしない」
「全部、見てた」
言葉が止まらない。
「なのにさ」
視線を逸らさず、続ける。
「元彼が戻りたいとか言ってきて」
「それ聞いた瞬間、正直、頭真っ白になった」
守りたいはずなのに、
奪われる想像だけで、息が詰まった。
「俺がどれだけ我慢してきたか、分かる?」
少し強い口調になっていた。
「触れないようにしてた」
「踏み込みすぎないようにしてた」
「それなのに、他の男が簡単にお前の過去に戻ろうとするの、無理だった」
彼女の肩が、わずかに揺れる。
「……壊したくなかった」
声が、少しだけ低くなる。
「でも、取られるくらいなら、嫌われても言う」
ここで初めて、そっと手を伸ばす。
頬に触れた瞬間——
指先に、微かな湿り気。
涙だと気づいて、胸が詰まる。
「……泣くな」
命令みたいな言い方なのに、指先は震えていた。
「そんな顔されると、離せなくなる」
頬に触れたまま、距離を詰める。
距離が近すぎて、息がかかる。
そのまま、ぎゅっと——
優しく、でも逃がさないように抱きしめられた。
耳元で、低く囁かれる。
「俺は、本気だから」